NHKの大河ドラマ「麒麟がくる」がこの日曜日で終わりました。
普段、ドラマの類はまったく見ないのですが、実家で暇を持て余した時に初めて見ました。
その時に長谷川博己さんの迫真の演技に圧倒され、以来日曜の夜の定番になりました。
「本能寺の変」に至る直前、トップに上り詰め孤独と狂気にさいなまれる信長と、
その狂気を食い止めようとする光秀の姿が、迫真の演技と共に強く心に響きました。
史実がどうだったか分かりませんが、同じ事が現代社会においても、いろんな組織で繰り広げられています。
私の限りにおいては、悲しいかなこの戦いは十中八九光秀と同じ結果で終わります。
何故なら、その戦いは「謀反」=「組織の秩序を乱すもの」と見なされるからです。
人はだれしもトップに立てば孤独感に襲われて、自分を見失い勝ちです。
その時に救ってくれるのは、イエスマンではなく、真っ直ぐに物を言ってくれる人です。
信長に光秀が居たからこそ(本能寺でピリオドを打てたからこそ)、彼は歴史上の英雄にとどまれたと言えるかも知れませんし、
「是非に及ばず」という言葉はその事を信長自身が分かっていたのかも知れません。