父が旅立ったのは、26日(火)の深夜4時前でした。
介護スタッフからの携帯電話で走って行くと、待っていたかのように息が止まりました。
深夜にも関わらず主治医が駆け付けてくれて、死亡が確認されたのが4時15分でした。
実は主治医は先週一週間は不在で、もし一日ほど臨終が早まっていれば、主治医でない医師の立ち合いでした。
信頼する主治医の復帰を待っていたかのような、タイミングでした。
父は介護施設にお世話になっていたので、同じフロアーには高齢の入居者がたくさん居られました。
私は父が亡くなった際は、自宅に戻ってきて欲しいと考えていましたが、ただ高齢の方が居られるフロアーを遺体が運ばれる事は避けたいとも考えていました。
医師の診断が終わってすぐ葬儀社に電話をして、自宅への搬送の相談をしました。
深夜の4時過ぎだったので人の手配できるのか不安でしたが、運よく運転手と車が待機していてすぐ行けるとの返事でした。
そのため午前5時には誰もフロアーを通って父を自宅に搬送することができました。
いま奈良市の火葬場は、亡くなる人が増えている事と火葬場の老朽化によって、待ち行列が出来て平均4日ほど待たされると聞いていました。
ところが葬儀社から、2日先の28日に一名だけ空いているので、すぐ確保したいと電話が入りました。
その日だと通夜まで一日余裕があり、自宅で最後の別れをする余裕があり、願ったりかなったりでした。
更に言えば、いま孫・ひ孫たちは春休み期間中で、外国や遠くの大学に行っている者も含め、全員が集まれる時期です。
このように、これ以上ないという時期と日取りを計ったかのような父の最期でした。
さらに告別式の天気予報は荒天で雨も降るというものでしたが、結果は風雨は夜に止んで、式の時はいい天気になっていました。
我が父ながら見事な旅立ちでした!