昨日電気屋さんに並びながら、佐藤愛子さんの「人間の煩悩」(幻冬舎新書)を読みました。
その中に、「人間の値打ちは物の捨て方に現れる」というくだりがあります。
曰く、『全ての物には作った人の「想い」であったり、使い手の「思い出」がしみ込んでいます。
そのため例え穴があいたフライパンでも、傷ついた机であっても、捨てるには捨てる方法があるだろう。
「捨てる」という行為には、その人間の値打ちが現れるものだ。』
以前にも書きましたが私の本棚の一角に、いただいた人形などと一緒に、壊れた玩具や傷ついたぬいぐるみが集まっている棚があります。

道で雨にぬれていたぬいぐるみや、孫たちの壊れたおもちゃなどを見ると、放っておけなくてつい連れて帰ってきます。
中でも縫いぐるみや人形のようなものは、特にきっちりとした「捨て方」が必要ではないかと思います。
(私自身はまだそういったものは捨てた事がないのですが、その時は神社などにお世話になる積もりです。)
我が団地には「ゴミの集積場」が設けられているのですが、著者がおっしゃる様に、捨て方に捨てた人の値打ちが現れます。
不用品などを規則無視で乱雑に放り込んでいく人もいれば、キッチリとした荷姿で捨てる人もいます。
ものの捨て方!そこには確かに人間の値打ち(人間性)が端的に表れていると思います。