【 天空の宝石箱 by 麻美 】
ホスピタリティの優れたホテルならば、そこのホテルマンが、その私の戸惑った様子を察知することができるのだろう。
「どなたかお探しですか?お待ち合わせのお客様のお名前をお知らせ下さい」
と、ラウンジのスタッフ。
「いえ、結構です。大丈夫ですわ。ラウンジを歩いて探しますから」
私は、「あなたの気遣いに心から感謝しています」というくらいの大げさな笑顔で丁重にお断りした。
断りつつも、相手の気遣いを無にしたようで、申し訳なく感じてしまい、
「えーと、男性で一人でいらしているはずなのだけど・・・」
と、あまりヒントにならないようなことを付け加え告げた。
そして、一人でラウンジ内に入り、携帯電話を出し、ダイヤルした。
「あ、着きました。どこにいらっしゃいます?」
そんなこと言っても、このラウンジは景色がよく見えるテーブルはたくさんある。
高い吹き抜けで、天井がガラスになっているこの天空のラウンジの三方は景色がよく見えるのだから。
たくさんのお客の中で、今、携帯電話で会話している男性のいるテーブルが私がつくべき席だ。
でも、夕方で照明が落とされているせいか、その一人で座っている男性のテーブルが意外と見つからない。
すると、気の利くホテルマンが、「あちらにいらっしゃいます」と、私を促してくれた。
「あ、いらっしゃった。今そちらに行きます」
と言い電話を切ると、親切なホテルマンに会釈をして、そのテーブルまでゆっくりとした歩調で向かった。
今日はオフホワイトのAラインのワンピース。
ところどころにレースがほどこされ、女友達には好評なワンピースだ。
そのワンピースにオフホワイトのパシュミナのストールを羽織って、ゴールドのバッグ。
保守的な男性とのデート服にはぴったりなコーディネートで、私はしゃなりしゃなりと絨毯の上を歩いた。
「お待たせしました」
とはいっても、約束の時間まであと30分ほどあった。
今日は私の方が時間がよめない約束で、着いたら連絡をとりあうことになっていたが、高速度道路がすいていたおかげで、早い時間に到着できた。
ラウンジでアールグレイティを飲んでいた保守的な男性、キョージュは、その時間の読めない約束をした私を待って、その30分前から読書をしつつこのテーブルに座っていた。
キョージュは、その名の通り、大学の先生である。
本業はよくわからないが、私が知っている限りでは、何校か有名どころの大学で講義をしている。
私はなぜか、彼を「キョージュ」と呼ぶ。
はじめて出会ったとき、紹介してくれた友人が「K大学の教授です」と紹介したから、そのまま「キョージュ」と呼んでいるのだ。
「もう少し時間がありますね。シャンパン飲んでもいいかしら」
私は、シャンパンとピーチのカクテルをオーダーした。
そして、予約の時間までの間、日が暮れてくる都心の景色を見ながら、ゆったりと過ごした。
「今日は、どんな授業だったんですか?」
「まあ、いろいろだよ。今日は最後に質問に来た学生がおもしろかった。
大学のカラーが違うから、質問もそれぞれで楽しいよ」
そういえば、私はキョージュとの会話では、ほとんど敬語だ。
尊敬している部分がかなり濃いので、ということもあるが、やはり「教授」という職業のせいだろうか。
シャンパンを飲み終えた頃、街の灯りもぽちぽちつき始めた。
「いい空の色ですね」
「麻美君は空から景色を見るのが好きだよね。
レストランの席は、急な予約だったからカウンターの席なんだ。
景色が見えない席だったら申し訳ないから、ここで楽しんでおきなさい」
そう。
今回の食事の約束は、つい2日前に決定した。
私の今日の行き先の都合で、このホテルのレストランをリクエストした。
地上250メートルほどのレストランでの食事は、私だけでなく、ほとんどの女性がうっとりする景色が楽しめるはずだ。
カウンター席で、景色が見られない位置であっても、摩天楼のレストランを感じることができれば、ワイングラスが空になる時間はいつもより早いだろう。
今日は、長時間の講義で疲れていたんだ。
本当は、君を待つ間、ウィンドーショッピングをしていようかと思ったんだけど、その気力もなく、結局ラウンジで読書していたよ。
都下の大学だから、都心に向かう1時間のドライブで多少の講義疲れは和らいだんだけどね。
僕は座って講義するのが嫌いなんだ。
だから、疲れちゃうのかもしれないな。
大学の講義だけでなく、いつもの仕事の疲れもあって、(君は僕の本業を知らないみたいだが、本業は気を遣う仕事なんだよ)時々どこかに逃避行したくなることもあるんだ。
本当は君とどこかに旅に出たいところだけど、それは無理ってものだから、ここのところ、週末に君と会えるのが僕の楽しみのひとつなんだ。
今日のワンピースはとても素敵だったね。
君に似合っていたよ。
君が白いストールを羽織って、ラウンジに現われたとき、僕は君が妖精のように思えたよ。
ストールがまるで羽のようで、少し日焼けしたからだに全身真っ白な君が、南の島の妖精のように見えたんだ。
講義疲れのせいかもしれないね(笑)
でも、日頃の仕事がハードなものだから、こうして君と夢の中にいるような時間を過ごせるのがうれしく思うよ。
僕の中では、君との時間は現実からかけはなれた御伽噺なんだ。
だから、時々、キザと思われるようなことを君に言うかもしれない。
でもそれは、気取って君の気を引いているわけではないんだ。
君との夢物語の会話の一部なんだよ。
今日も、摩天楼のレストランで、街や車のライトの灯りをバックにしてガラスの前に立った君に言ったよね。
「君が、宝石箱の中で横たわっているみたいだ」って。
闇の中の都会のきらめく小さな灯りが、宝石箱の宝石をちりばめたようだった。
その前に立つ君は、もっと素敵で輝いていたから、君はその中でひときわ目立つ大きな石のようだったんだ。
僕にとって、君は小さな宝石ではなく、光り輝く大きな石なんだ。
だからこそ・・・大切に思える存在だからこそ、時々、君に厳しいことも言うんだ。
君は、まるで無垢で小さな子供のような時があるから、放っておくと心配なんだ。
でも、君が大切な存在だからこそ、僕は君に強くなってほしい。
別の意味で君は強いけれど、その強さと共に、自立する強さを覚えてほしいんだ。
御伽噺の時間は楽しいけれど、現実の時間の方が長いわけだからね。
【 天空の宝石箱 再び By 麻美 】
私たちが通された席は、ラッキーなことに、レストランのカウンター席の中で一番いい席だったかもしれない。
私の席は、カウンター席の角だったので、横がすぐ前面ガラス張り。
予想通り、ワイングラスの液体は少なくなるスピードがいつもより速かった。
しかも、昨夜の夜遊びが効いていて、たった一杯のカクテルと一杯のワインで、いつもは話さないようなことがつい口から出てしまう。
私は、ワインを飲みながら、キョージュに悩みを打ち明け始めていた。
「熱があって睡眠が浅い時や、昼間に急に襲われる睡魔でお昼寝するときって、へんな声がするんです」
「どんな声?」
「私は、誰かからのメッセージだと思うんです」
「で?今回はどんなメッセージだった?」
「それが、意味不明で・・・男の人の声で『君のコップは一杯になっていないから』って・・・」
「ふうむ。どういう意味なんだろうね」
「しばらくしてからわかりました。以前、奉仕の意味を考えていた時に・・・人に何かを与える時って、自分のコップが満たされていないといけないんだって思ったんです。そのことかと・・・」
「君は、人に何か与える側になりたいんだね」
「そうです。でも、今は駄目かもしれない。私はコップの中が満たされていないのは確かだし。
コップの中がちゃぷちゃぷいって中身がこぼれるくらいでないと、人に与える側にはなれない」
「いや、そんなことはないよ。君の場合に限ってね」
「私に限って・・・?」
「そう、君は、コップなんてなくていいのさ。こぼしておけばいい」
「こぼしっぱなしですか?!」
「前から言っているでしょ。君は何かに形にとらわれちゃいけないんだ。コップなんてなくてもいいんだよ」
「そうなんですね。コップに入っていないってことは、こぼれてしまっているからなんですね」
「そうだと思うよ。コップの中身に関しては、そのままでいいんだよ、君は」
そういえば、数年前、私が経営者として悩んでいた時、キョージュは言った。
「君のモノサシの基準は、普通じゃないんだから。そして、そこがいいところなんだよ。
だから、みんなと合わせる必要はないんだ」と。
私を無理やり形に収めようとする人が、周りになぜか多い。
一見、従順そうに見えるからかもしれない。
「私って、型にはまるのが一番嫌いなくせに、どうして自らそういう形の中にはまろうとして苦しんでしまうんでしょうね」
私は、ちょっぴりため息をついて、ガラス張りの景色を見る。
空は、深い藍色になり、その中にビルや家の灯りがたくさん浮かんでいる。
「キョージュ、見てください。あんなに小さな灯りの数・・・あの灯りの中にいる人を私は何人知っているんでしょう」
「ひとつの灯りに一人としても、東京には大勢の人が存在しているんだね」
「ねえ、キョージュ、ガラスの前に立ってみてもいい?この大勢の灯りの部屋の人と私は一緒になるの」
そう言うと、私はカウンター席から立ち上がり、夜景の見える前面ガラスの前に立った。
すると、キョージュは目を細めて言った。
「君が、宝石箱の中で横たわっているみたいだ」
私は、にっこり笑って言った。
「私はキョージュの宝石ですか?」
「そうだよ。大切な宝物なんだ」
「大切な宝物って・・・キョージュにとって私は愛しい存在なんですか?」
「うん。でもね、麻美君・・・好きだから、愛しいからってそこに重きはおくべきではないと僕は思っている」
「はい、わかっています。恋や愛って付属なんですよね。
以前、女友達に言われました。『麻美は自立すべきだ』って。
自分のやるべきことがあって、自立していれば、恋愛は付属として考えれる。
そうあるべきだって言われて、納得できました」
「お互いが自立してこそ、恋や愛が成り立つ。僕はそういう関係を望むね」
さすが、キョージュ。
私の目指すところをわかっている。
私は、まだ自立できていない女だ。
でも、いつか、型にはまることなく、自立できたとき・・・
その時の私とキョージュの関係ってどうなのだろう。
最後にオーダーしたデザートのキャラメルコーティングされたバナナのように、最初の食感はカリっとしていて、中は甘くてやわらかいって感じなのかも・・・
私は、天空の宝箱に入る宝石。
いつまでもプライドを持ち続け、キョージュの前で輝いていたいと思った。
【 天空の宝石箱 再び By キョージュ 】
君と僕の関係は、不思議なものだと思う。
親子のようで(そんなに年齢は離れていないけれど)、兄弟のようで、師弟のようで、恋人のようで、友達のようで・・・どう表現していいのかわからない。
でも、型にはめることはないんだよ。
僕と君は、繋がっているってわかればいい。
ほら、僕と君はよく同時にメールをし合ったりするだろう。
きっと、君と僕のアンテナがお互いの電波を感じるからなんだ。
こういう関係だからこそ、夢物語が作れるのかもしれない。
現実に、たとえば夫婦だったり、恋人同士だったら、夢物語を作るのは難しいと思う。
君と僕の不思議な関係だからこそ、夢の中の時間が可能なんだ。
食事中に君の後姿を見たとき(僕が電話で席を立ったときがあったでしょ、あの後、カウンター席に戻る時そっと見たんだ)、本当に妖精かどうか、背中の羽を確かめようと思ったんだ。
でも、酔っ払いの妖精はかわいかった。
「私はコップの中身がない」って泣きそうな顔をしているんだから。
僕は、子供のような君にいつも安心感を与えたいと思う。
だからといって、プラセボ効果のようなことは言うつもりはない。
僕はいつも真実を見て、僕なりに正しくジャッジメントしているつもりだから。
「君にはコップなんてなくてもいいんだ」っていうのは、安心させるための言葉ではなくて本当のことだよ。
君は納得して、すぐ笑顔にかわった。
本当に、単純で愛しく思うよ。
単純って悪い意味じゃなくって、純一という意味。
混じりけのない、素直なということなんだ。
でも、君のことを好きだから、愛しいからってそこに重きをおいてはいけないと思っている。
君との関係は、言葉では表せないけれど、大切にしたいと思うからこそ、甘いことだけは言わない。
そう。
君は早く大人になりなさい。
君が自立した時に、また新しい関係が生まれるだろうと僕は信じている。
天空の宝石箱の君をいつまでも心に焼き付けておこう。
君は僕の大切な宝物だからね。
THE END Written by 鈴乃@Akeming
【 天空の宝石箱 後記 】
今回は、男性の語り口で書こうと思ったのだけど、それだけでは伝えきれないものがあったので麻美も登場
(麻美さんは私のショートストーリーに登場する主人公=Akemingでは?!という噂が)
これは恋愛ストーリーなの?なんなの?というビミョーな内容ですが、自立についても少し書かせてもらいました。
私にとって自立はテーマですね・・・
さて、今回のレストラン、ランチは来たことがあるけれど、ディナーははじめて
夜はバーコーナーがあり、バーコーナーでは、生演奏が入っていて、ディナー席まで音が届きます
お食事は外国人好みというだけあって、ダイナミックなお肉料理ばかり!
お隣のアメリカ人男性はめっちゃ大きいお肉を食べてました・・・
カルパッチョやカプレーゼなど、普通のアペタイザー
前菜ですでにおなかが半分以上満たされ(意外と少食)、メインのマグロのグリルを残してしまった・・・
サイドディッシュにフライドポテト!!!
Akemingのフライドポテト好きはあまり知られていませんが・・・
実は大好物で!!!太るの覚悟でオーダーしちゃう~
デザートは、カスタードクリームタルトとラムレーズンアイス、キャラメルバナナ
酒飲みのくせに意外とラムレーズン系は苦手!
ご一緒した方にほとんど食べていただきました
私はバナナが食べたかっただけ(笑)








