暑く忙しかった夏も、いよいよ終息を迎えようとしている。



アタシも、やっとのことでカットに行くことができた。
久しぶりに、家からすぐ近くのスニップのタチアナさんに、『耳丸だしのショートヘア』にしてもらった。
写真館に貼っている、小2男子のようなヘアスタイルで、気に入っている。
モチロン、ママンからは、たいそう不評なところも気に入っている。



ところで、このスニップに、素敵な声で、素敵な話し方をする シャンプーガールがいる。


声のトーンも高すぎず低すぎず、話すスピードも早すぎず遅すぎず、アタシのくだらない返事にも、とてもしっくりする間合いで相槌を返し、しっくりする言葉遣いで話す。




彼女の声で、彼女の話し言葉を収録した、リラクゼーションCDがあったら、買ってしまうかもしれない。




なんせ、「そういう訓練をどこかで受けたのか?」と、すんでのところで訊くところだった。





シャンプーのときも、力加減が多少弱くても、彼女は言葉と同様、アタシのアタマも、それはそれは丁寧に、あたかもマリー・アントワネットの お髪を梳くがごとく 扱ってくれる。




美容師さんに、そういった素養とか資質は、一見不必要な感じがしないでもないが、

とにかくアタシは、彼女にシャンプーしてもらって、それはそれは幸福な気持ちになった。






また、アタシがよく通っているクロッキー会ミケランジェロに、とても素敵な話し方をする男の子がいる。

彼の口から出てくる言葉は、彼の喉を通して クレオパトラの宝物を扱うかのように、ソレはそれは大切に、その空間に送り出されているように思う(どういう意味だ?)。


とにかく、彼に
『生山さん』(おそらく、彼は漢字でそう呼んでいると思われる)と、呼びかけられると、
『生山さん』という(どってことない)名前でも、「けっこうイイもんだな」という気になる。


たかが名前なのに、自分がとても祝福された、かけがえのない人間になったような気さえする。




彼女も彼も、生まれつきなのか、これまでの育ちや環境で それらの能力を獲得していったのか、

アタシは知らない。




どうあれ、ほんの少し言葉を交わすだけで、

人の心を鎮め、なぐさめ、元気づけたり、勇気づけたりできるなんて、素敵な能力だ。



そして思う、彼らこそ、これからずっとずっと、人や世の中から祝福され、大切にされて生きていくのだろう。




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