年明け早々、
お気に入りだったDellタブレットを、お手洗いに水没させ、
Wi-Fiルータを、うっかり地面に叩きつけ、
まったく、今年はモバイル受難の幕開けだ。トホホ。
そんな年始とはつゆとも知らず、弟家族が帰省しないこの年末、
母と二人で、夕飯ついでの年越しそばをすすり、あーだこーだと勝手な感想を述べながら、紅白歌合戦を観賞。
うちの母は、歌番組が好きである。
と云うのも、彼女はずっと若かりし頃、新地のキャバレーで、クラブ歌手をしていた。
父いわく、相当な美声で、男たちをメロメロにしていたらしい。
それゆえなのだろうか、時折母が口にする言葉が、とんでもなく水っぽい時がある。
また、『タダでは歌わない。』という信念を貫き、アタシたちの前で、鼻歌さえ歌ったことがない。
母はシャンソンから歌謡曲まで、なんでも歌ったらしい。
そして、中でも得意だったのが、演歌だったらしい。
なので、日頃あまり見なくなった演歌歌手が、ずらっと出てくる紅白歌合戦鑑賞は、一年間の待ちに待った楽しみのようである。
「あー、やっぱりさぶちゃんは、『風雪流れ旅』歌ってるのが、一番似合うねー。」なんて言ってやると、無言で目を細めて頷く。
そうして1年分のご機嫌取りの意味も込め、母と並んで(アタシ的には、見ても見なくてもイイ)紅白歌合戦を眺めている。
そんな中、唐突に 朗らかな笑顔で、細川たかしが『浪花節だよ人生は』を歌い始めた。
その時、『ん?!』となった。
なんだなんだ?、この歌詞は?!。
なんと達者な日本語だ?!。
この歌作った作詞家、相当な日本語の使い手ではないか?!。
咲いて萎んで 捨てられ ました
逢って別れて 諦めました
人の情けに つかまりながら 折れた情けの枝で死ぬ
よく分からないが、なんとなく そんなもんだ と妙に納得させられる。
『知に働けば角が立つ、情に竿差しゃ流される、、、云々。』と、漱石も綴っているが、
その漱石にも引けをとらない日本語の使い手ではないか?。
と、どの立ち位置から言っているのか。
『人の情けに つかまりながら 折れた情けの枝で死ぬ』・・・
アタシも、歳を取ったもんだ。
この部分に、ぐっとくるようになった。
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