アタシは映画館にちょくちょく行く。
行き出したら、本編前の予告や、映画館の前のチラシなんかで、「次はこれだな。」なんてチェックを入れ、またまんまと映画館に足を運ぶ。
父は映画がとても好きな人だった。
休日、母との夕食の待ち合わせまでの時間潰しを、
床屋で散髪をするか、旭屋書店で立ち読みをするか、映画館で映画を観るか
この3コースのローテーションで廻していた。
昔の映画館は今みたいに、総入れ換えの全席指定席でなく、本編の途中で入って、自分が観たところから観たところまでを、次の上映をまたがって、クルッと観て出ていくというのがアリだった。
なので、父も2時間ほど時間があったら、映画館にふらっと入って ふらっと出てくるという、暇のつぶし方をしていたようだ。
そういえば、高校生の時 父と『ET』を観た。
アタシは期末テスト後に、友だちと観てしまっていたのだが、父があまりに張り切って誘うものだから、その事は内緒にして、まるで初めて観たかのように振る舞った。
これじゃあ 純情可憐そのものだったアタシも まるで二股悪女だ。
2000年の正月に父が他界して13年、映画館にせっせと足を運び、実にたくさんの映画を観た。
『これから父の代わりに映画を観てやる』という執念でもって
『おそらく父が観たがったかもしれない』映画をたくさん観た。
暗い映画館の座席に1人腰掛け、あたかも父と対話するかのごとく、映画館のスクリーンを眺めた。
今にして思えば、『父の代わりに』と言いながら、こうして1人で映画を観ることで、失くしてしまって、壊れてしまっていたかも知れない心の修繕を していたのかもしれない。
そういえば、兄が仕事帰りにアイスを買って帰り、家族にうやうやしく配るのも、
弟が息子たちをしばしば散歩に連れ出すのも、
すべて父がアタシたちにやっていたことだ。
みんな、そうして父がしていたことをなぞって、無意識に父に近づき 心を修復する作業を行っていたのかも知れない。
そうして少しずつアタシたちは、父の亡霊から解放されていった。
今も少し骨のある、男っぽい映画を観ると 「お父さん、これ観たかっただろうに」と、思わないこともないが、すでに『父の代わりに』だとか『父と対話』だとかという気持ちはない。
ただ、1人で映画館に行きたくなるときは
『自分が作り出した、父なるもう1人の自分』と会い、何かの答えを求めている時なのかも知れない。
Android携帯からの投稿
行き出したら、本編前の予告や、映画館の前のチラシなんかで、「次はこれだな。」なんてチェックを入れ、またまんまと映画館に足を運ぶ。
父は映画がとても好きな人だった。
休日、母との夕食の待ち合わせまでの時間潰しを、
床屋で散髪をするか、旭屋書店で立ち読みをするか、映画館で映画を観るか
この3コースのローテーションで廻していた。
昔の映画館は今みたいに、総入れ換えの全席指定席でなく、本編の途中で入って、自分が観たところから観たところまでを、次の上映をまたがって、クルッと観て出ていくというのがアリだった。
なので、父も2時間ほど時間があったら、映画館にふらっと入って ふらっと出てくるという、暇のつぶし方をしていたようだ。
そういえば、高校生の時 父と『ET』を観た。
アタシは期末テスト後に、友だちと観てしまっていたのだが、父があまりに張り切って誘うものだから、その事は内緒にして、まるで初めて観たかのように振る舞った。
これじゃあ 純情可憐そのものだったアタシも まるで二股悪女だ。
2000年の正月に父が他界して13年、映画館にせっせと足を運び、実にたくさんの映画を観た。
『これから父の代わりに映画を観てやる』という執念でもって
『おそらく父が観たがったかもしれない』映画をたくさん観た。
暗い映画館の座席に1人腰掛け、あたかも父と対話するかのごとく、映画館のスクリーンを眺めた。
今にして思えば、『父の代わりに』と言いながら、こうして1人で映画を観ることで、失くしてしまって、壊れてしまっていたかも知れない心の修繕を していたのかもしれない。
そういえば、兄が仕事帰りにアイスを買って帰り、家族にうやうやしく配るのも、
弟が息子たちをしばしば散歩に連れ出すのも、
すべて父がアタシたちにやっていたことだ。
みんな、そうして父がしていたことをなぞって、無意識に父に近づき 心を修復する作業を行っていたのかも知れない。
そうして少しずつアタシたちは、父の亡霊から解放されていった。
今も少し骨のある、男っぽい映画を観ると 「お父さん、これ観たかっただろうに」と、思わないこともないが、すでに『父の代わりに』だとか『父と対話』だとかという気持ちはない。
ただ、1人で映画館に行きたくなるときは
『自分が作り出した、父なるもう1人の自分』と会い、何かの答えを求めている時なのかも知れない。
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