次男くんから貸してもらって、西加奈子著の『サラバ!』を読んだ。
次男くんの本棚には、数冊の西加奈子の小説がある。
そして、時折『これ、面白かったで。』と、その中の一冊を引き抜いて貸してくれる。
『漁港に肉子ちゃん』も、『きいろいぞう』も、彼の推薦で読んだ。
西加奈子の小説を読むと、自分が隠しておきたい部分や、見ないでおこうと蓋をしている部分を、グリっとえぐられる感じがする。
えぐられた感じがして、胸が(本当に胸のあたりが)バタバタと音をたてる。そして「心って、本当に心臓にあるんだ」などと、改めて思う。
そうやって、人のいやなところを、ぐりぐりとえぐってくるのだが、なぜか最終的に、そんな自分もひっくるめて、生きることを全力で肯定してもらえているような感じがする。
新しい自分にになったような。
えぐってくるけど、とても優しい。
10代の男の子に、そう云う感じがわかるものなんだろうか。
また、先に読んだ『肉子ちゃん』と『きいろいぞう』は、とても女性的だった。
女の人が、女の人のために書いた小説だと、アタシは思う。
10代の男の子が、どのように読み取ったのだろうか。不思議でたまらない。
次男くんはどちらかと言うと、寡黙な方だ。
黙って、周りのことを観察している感じだ。
一見、とても落ち着いていて、周りの同い年の子たちより、少し大人っぽく見える。
そんな次男くんと、ポツポツと会話をしていると、全くの対等な友だちと会話している気分になるときがある。
そうかと思えば、とても平たい質問をしてきたりして、そんな時は、「ああ、やっぱり、まだまだ子どもだったんだ。」と、思ったりする。
とりあえず人生の先輩として、彼より長く生きている分、気の利いた受け答えができればよいのだが、未だかつて、これは!という納得の行く返しをしたことがない。
http://books.rakuten.co.jp/rb/12941197/
そして、『サラバ!』である。
次男くん、読み始めて間も無く、「あのさあ、(彼は、よほどのことがない限り、アタシのことを『あのさあ』と呼びかける)コレってさあ、なんの話しなん?」
「これからどおなんの?」と、対話を仕掛けてきた。
内心、おーキタキタ キタ━━━━( ̄・ω・ ̄)━━━━!!と思っているのだが、
イヤイヤ、アタシ まだ読んで無いし、気の利いた返事以前の話しですぜ。
言葉を探して狼狽えていると、
「ああ、そうやった。ごめん、ごめん。」と、読書の時間に戻っていく。
対話、終了。サラバ。。。
そして、数日後。
あらあら、随分熱心に読んでるねえと思っていたら、おもむろに本を閉じ、顔を上げ
『読んで良かった~!』『最後まで読んで、めっちゃ良かった~!』と、目をキラキラさせて、満面の笑顔で言うではないか。
そしてアタシは、その時ももちろん、気の利いた返事は出来なかった。
次男くん読了後、まわって来たサラバ!。
彼が序盤でした質問も、読後の「良かった~。」の意味も、よくわかった。
確かに序盤、物語がどのように運んで、どのように着地するのか、「ん?」ってなる。このまま物語が何処へ行くのか、迷子になった気がして、誰かに「どうなってる?」と、話し掛けたくなる。
そして終盤、物語の迷路から脱出して、鮮やかに完結する。
まるで迷子だった主人公の歩と、手を繋いでゴールするのかのように。
残り150ページあたりから、胸がバタバタして、心がふるふるして、ずっと半泣きで読んだ。
本当に読んで良かったと言った、次男くんのことを考えながら、泣きながら読んだ。
あの時、彼の目がキラキラしていたのは、うっすら目に涙を溜めていたのかも知れない。
彼も、彼なりに時折、少し迷子になったりしてるんだろうな。
彼なりに、アタシの知らないところで、ちょっと立ち止まって考えるところがあるのだろうな。
なにもいまさら、アタシが気の利いた応えをしてあげなくったって、彼はこれからも、たくさんの本や、これから目にする何かから、彼なりの答えを見つけて行くのだろうなと思った。
この期に及んで、ただ一つ彼に言ってあげたいことがあるとするなら、
君が大人と思っている人たちも、ほんとは大人になんてなっていなくて、いつも迷路の中でジタバタしてるんですよ。
サラバ!を読みながら、10代の君と同じように、主人公の歩と手をつないでゴールしたのだから。
これまでアタシの中の西加奈子の小説は、「女性による、女性のための」という印象が強かったが、
サラバ!で「若者による、若者のための」という印象に変わった。
ところで、サラバ!の感想は、まだ彼に話していない。
それより、しばらくは、お互いがそれぞれの胸の内にしまっておくほうが、イイような気がしている。
