友だちと「イケメン」について、facebookでコメントのやり取りをしていた。
その友だちから「イッセー尾形がイケメンだと思う。」
「トニー滝谷は、観た?。」
と、コメントが来た。
「イッセー尾形?、腹巻に、ちょび髭にめがねで、一人コントのおじさんではないか?。」
彼女は facebookに、アメーバに、手を変え場所を変え「イッセー尾形推し」笑。
なので、アタシも手を変え場所を変え、「じゃあ、柄本明も好き?。」と、質問を返した。
なんでも、柄本明は、クセがありすぎて、手ごわいらしい。
イッセー尾形と、柄本明が、同じくくりに見えたのは、どうやらアタシだけのようだ。
ということで、「イッセー尾形」のイケメンぶりを、再発見するべく、楽天レンタルで「トニー滝谷」を予約した。
この映画は、村上春樹の原作を 映画化したものだ。
原作や、作者に愛着がありすぎると、映画になったときに、がっかりしてしまうことが多い。
でもこの作品は、結構 ハルキの香りをそのまま残して、小説を読んでいるように楽しむことが出来た。
西島秀俊のモノローグから始まるからだろうか?。
いや、終始西嶋秀俊が、小説を朗読するように、物語が進んでいく。
村上春樹ファンとしたら、なかなかイイんじゃないですか?と、すこし上から目線の感想をもつ。
トニー滝谷の役を、イッセー尾形がすると、ちょっと老けすぎではないか?と、心配したが、
若々しく、世の中や、自分を取り巻く人に、少し困惑気味な、寡黙なトニー滝谷になっていた。
そうなのだ、村上春樹の小説の主人公は、大抵、周りの人に振り回されるが、
すこし眉を下げて困惑気味に、その状況を、なす術もなく寡黙に見守る。
映画の中のイッセー尾形は、感情を抑え、とつとつと話す、トニー滝谷になっていた。
映画を観終わって、「?」
「あれっ?、この映画、モノクロだっけか?。」と、ヘンな錯覚をしてしまった。
ハルキの小説を読んでいると、
アタシの頭の中で描き出される主人公の住む世界は、モノクロで、薄い もやがかかっている。
一方、その主人公の前に現れる女たちは、より現実味があり、彼女らだけ、鮮やかな色がついている。
この作品にも、まったくそのような印象を受けた。
ところで、たまに言葉や数字、文字に色が着いて見える人が居るらしい。
アタシには残念なことに、それらの能力は備わっては いなかった。
でもたまに、ゲームのように、言葉や感覚に色を着けてみることがある。
永遠は、プルシアンブルー
時間は、シルバー
お金は、黄色、、、あ、これは風水か。
話しを、トニー滝谷に戻すが、
この映画に出てくる 宮沢りえは、
トニー滝谷のモノクロの世界に、さっとひとハケで塗られた、ビビッドな赤のような存在だった。
まるで、小説を読んでいる、自分のアタマの中を見ているような感覚になるような映画だった。
見終わって記憶から薄まって、最後には全く内容を忘れてしまう映画もあるが、
この映画は、だんだん記憶と自分の感覚とが、融合して育っていって、違うものになって行くようで、不思議な映画だった。
ところで、イッセー尾形がイケメンか、どうか?w。
好み?笑。
でも、トニー滝谷を演じるイッセー尾形は、ある種イケメンだったかもしれない。
きっと、目の下の涙袋?。ここにイケメンの香りが。。。
ちがってる?。