わたしは、実用書やビジネス書を読むより、小説を読む方が好きです。


小説を読むと、おでこあたりに情景が浮かびます。

登場人物が、生き生きと動いて声を出して話し出します。


想像できるので、すらすらと読むことができるのだと思います。


好きな小説家のNo.1は、もちろん 村上春樹ですが

No.2は、宮本輝です。


この2人の作家の新刊が出るのを毎回、20年来心待ちにしています。




宮本輝の小説は、ハルキと比べて現実的と云うのか、泥臭かったり、お説教くさかったりします。

そして、とても男性的な感じがします。


ハルキは、カレ氏で

輝は、父親 と云った感じです。




輝の本がお説教くさいのは、宮本輝が世の中に対して言いたいことを、登場人物に言わせているからだと思います。




まだ20代の頃に読んだ「海岸列車」の中にある



「私利私欲を憎め、私利私欲のための権力とそれを為さんとする者たち と闘え」



の言葉などは、それはそれは 怒れる輝の言葉なのだと思います。





父が他界してから、宮本輝を読むたびに

小説を通して、



「きちんと生きているのか?」


「真摯に物事にぶつかっているのか?」と


父から、問われ、叱られているような気持ちになります。




なので、自分に後ろめたいことがあるときは、輝の本からしばらく遠ざかったりしたものです。






三十光年の星たち (上)/宮本 輝
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今読んでいる「三十光年の星たち」という本の中で



ある老人が「十年一剣を磨く」と云う言葉の意味がわかるか?と若者に問う場面が有ります。

「十年間、一生懸命に1つの剣を磨き続けると、立派な剣になるということ」

「十年間、一つのことに鍛錬を積めば、その人間も天下の名刀の如く磨かれるということ。」だと、言います。


そして、若者に「君も、十年間懸命に、自分を磨き続けなさい」と言います。

さらに、老人は「自分の磨き方を教えてやろう」と続けます。


「ひとつは、懸命に働いて働いて働きぬくこと。」

「そして、もうひとつは、物を教えてくれる人に 叱られて叱られて叱られぬくこと。」



とありました。

この老人の言葉を読んだとき、父親に ゴツンとゲンコツを落とされた気持ちになりました。





自分が、おかしな方向に流されて行きそうになったり

自分の周りの物事、人たちをいい加減にしそうになったりするときに


父が小説の登場人物に宿って、ぐいっと元の正しい場所に連れ戻してくれるように感じます。



また小説の中で

「その人間をかたち作るには30年かかる。君の30年後は、今の君の生き方に関わっているのだ。」

と、老人が話します。


若者は「自分は30年後に、この老人に直接自分の姿を見せることはできないかも知れないが、

どんな形であれ、自分の姿を見てもらいたい。」と、ひとり思う場面がありました。




この場面を読んだとき

桜の花が咲くまでと、余命を告げられた父親が、夕食の仕度をする私に

「天国はあるのか」と、訊いた秋の日の夕方を思い出しました。



(と、少し小説家気取りな文章になってしまいました^-^;。)



ここにはもう居ない父親に、あるかどうか分からない天国で会ったときに、


私は、お父さんの思ってる通りの人間になれているでしょうか。

お父さんの思っている以上の人間になれているでしょうか。

(今度はホームレス中学生の田村くんみたいになってしまいました。)



その前に、ちゃんと顔を上げて会えるのか少し心配ですけど^^;。




宮本輝を読むたびに、父を感じ 襟元を少し正すわたしです。