「ええっ?!、1ヵ月に1㎏痩せるだけでいいの?!」
「はい、それで十分ですよ」
太りすぎから右膝を痛めて手術入院した辛口太郎。
退院後のリハビリで、若い理学療法士から思いもかけぬアドバイスを聞いて戸惑った。
「しかしひと月に1㎏なんて、いくらなんでも、それはちょっと・・・」
(簡単すぎるんじゃない?)
(あり得ないでしょう?)
(馬鹿げているだろう?)
次々と、そんな言葉が私の脳裏にこだまする。
「でも辛口さん、それを3ヵ月続ければ3㎏痩せることになります」
「・・・」
「もし半年続けることができれば、何㎏痩せることになりますか?」
簡単な足し算、いやかけ算であった。
理屈はわからないでもない。
しかし私の考えるダイエットとは、痩せるためのジョギングを毎日繰り返し、あるいは食事制限し、もしくは腹筋運動を1万回繰り返すほどのものでなくてはならない。
1ヵ月で5㎏減量、半年で20㎏減量といったスローガンが普通に胸中を占めている。
そうしたキツイ労苦を伴うものがダイエットであり、 だからこそ代償として“痩せる”ことができるのだ。
すこし不審な表情をしたと思う。彼はそれを見逃さなかった。
「激しく運動したり、食べずに我慢したりして急に痩せたりすると、その時は大丈夫でも必ず自分の体に負担を与えます」
「ふむぅ」
「また一時的に成功しても、リバウンドといって、良くないことが起こることもあります」
「むむむ・・・」
優しく諭すような彼の口調は、最後にとてつもない衝撃を私に与えた。
「無理をせずに毎月1㎏痩せる、その思いで半年、いえ1年続けたらどうなりますか?」
「12㎏?」
「はい。そうなった時の辛口さんを見たら、奥さんや娘さんも今とはまったく違う姿にびっくりされるはずです!」
「遠山」という理学療法士、彼の名前を今でも忘れずに覚えているのは、他ならぬこの時の衝撃&感激からであろう。
「助言してくれてありがとう。今の言葉をよく考えてみるよ」
病院からの帰り道、車中で私はずっと考えた。
ほどなく気付いて、深くため息をついた。
ほどなく気付いて、深くため息をついた。
(確かに彼の言うとおり。私のダイエットに対する価値観は、どうやら根本から間違っていたようだ)
自宅に戻ると『めざせ、腹筋1万回!!!』と書かれた方眼紙を私は自分で壁から剥がした。腹筋回数を棒グラフで記入するために用意したものだったが、もう必要なかった。
むしり取るように剥がしてはいない。自分の過ちを噛みしめながら、丁寧に剥がした。


