今年初めてのアゲハ蝶がふわふわと庭にやってきました

蝶の訪れは何かいいことのお知らせと信じてやまない私はその優雅な動きに しばしうっとりです






すずらんやスクラム組んですまし顔



大学生の頃先輩に誘われ 訳もわからず東京まで行ってデモに参加したことがあります

スクラムを組んで…

平和を願っていたことはたしかなこと





てくてくと


恒例になった月一回の帰省の朝。所要で岐阜市に住む息子宅に立ち寄った。しばらく孫娘と遊び、ますますの成長ぶりを拝見した。七月に一歳になる彼女は、会うたびに新しい技を披露してくれる。


最近は、手拍子すれば真似をする。カメラを向ければ、にこっと笑う。


赤ちゃんせんべいを舐めていたが、タマゴボーロに、おやつ昇格した。親指と人差し指ではさみ、口に運ぶ。四本の下歯で、ポリ、ポリ、と噛む。少し得意気。お茶を飲むコップの蓋には、太く細いストローも付いた。両手で持ち、一人で飲む。


つかまり立ちの脚がしっかりしてきた。歩き出す日も近いだろう。わずか一日でぐんと伸びる竹の子。その姿に似ている。


再び電車に乗る。いつまで経っても、少し切ない故郷への道。この日は、携帯の孫のスマイルが元気をくれる。


小浜線にある駅に着いた。いつものように、母のいる介護施設を訪れる。


変わらずベッドで寝ている。枕元に置かれたキャスター付きの狭い机。手鏡、置き時計、マスク。それと、ストローを差し込んだコップ。姉が用意したタマゴボーロもおかれている。抹茶色だ。


あれ、曾孫と同じ。八十三歳のひい婆さんは辛うじて、ストローの細さと抹茶味で、威厳を保っている。


曾孫と小さな丸いボーロを分け合って食べる。そんな光景を思い描く。母はそのとき、とびきりの笑顔になるだろう。来月は、息子家族に同行を申し出てみようか。


うつらうつらの帰りの電車。二十年余前、今はなき町医者の待合室で見た、一枚の額縁が浮かぶ。


だれの言葉なのか。


「てくてくと こどものみちを あるいてゆく」


(2013年6月)



すいぶん前のエッセイです

もう母はなくなりました

孫は今年中学2年生になりました



何故このエッセイを思い出したかというと 自分がおやつタイムにいただくお菓子が 『ビスコ』や『ウェハース』などが多くなってきたからです


幼児のお菓子には大切な栄養素がたくさん入っているというのと食べやすいという利点です


ああ私も


てくてくと こどものみちを あるいてゆく


域に入り込んできたのかなあと思います照れ








ブロガーさんがとっても素敵に紹介されてみえたエッセイですので読んでみました



小川糸さんの小説に惹かれる謎が少し解けました



あちこちを旅したり あちこちに出向いたり あれやこれやと試したり楽しんだりする生活のなかで ふと忘れそうになる当たり前のことを拾い

エッセイや小説のタネにされていることを学んだのです



そして たいがいのことへの眼差しは温かいけど

人間の権利を奪うものへの毅然とした思いは強いのを感じました



動いて感じて考えて言葉にすることは大切ですね







ここのところの暑さで 牡丹もうなだれています

もうすぐ地面を飾るでしょう




最後まで読んでくださりありがとうございました



長野県にお住まいの方

昨日は地震で驚かれたことでしょう

大きなことが起きていませんように!!