朝晩めっきり涼しくなりました
気持ちのよい気候続きです
どんよりしていた俳句脳が少しずつ回転し始めたようです
気候のせいだったのかな
秋霖や刺し子明るき花模様
推しの居てスポーツの秋愉しきや
サッカー開始時間までに夕食も入浴もすませ スタンバイです
月曜日のニュージーランド戦が楽しみです
蒼天に黄金の稲穂こそ似合ひ
高速の高架光りて天高し
秋空の掃かれたるごとパンプス揺れ
パンプスがきれいに穂を開きました
季語ではないようです
私はよほど秋の空に魅せられたのでしょう![]()
深代惇郎・著
朝日文庫
531頁
朝日新聞1面の「天声人語」。この欄を1970年半ばに3年弱執筆、読む人を魅了し続けて新聞史上最高のコラムニストとも評されながら急逝した記者がいた。その名は深代惇郎ー。
〜裏表紙から
この方の存在を知ってからすでに15年は過ぎています
いつか読んでみたいと願っていました
少し前 ある方のブログでこの本が少しだけ紹介されました
私はすぐに手に取り読み始めたのです
世相・社会・政治・経済・若者・戦争・国際・日本と日本人・人・人生・文化・自然・歴史
このように分けてあり それぞれにタイトルも入っています
全300稿はあるかと思いますが 決して飽きることなく読み進めていけました
読みながら
その文章の巧さに驚かされました
機知に富んだ文章の数々
寄り添いながら そこを一つ越えた物の見方
文末の1文の見事な余韻
博識でありながら それをカバーして読者に向かう言葉の柔らかさ
………
ひらがな
カタカナ
漢字
の配分の仕方
………
まだまだあるかと思います
何より強く感じたのは 読者の思いを深く代弁しているということです
その理由をある1文を読み納得しました
天に声あり 人をして語らしむ
国民の声を崇高な603文字にして表現してみえたのです
時おり 読者の手紙や投稿に応えるコラムもありました
たくさんの分野なかで 私は 自然 にシビレました
たとえば牡丹の花のこと
来年からは牡丹の散り方を見る眼が変わります
「打ち重なりぬ」
鎌倉の瑞泉寺というお寺を拝見していたら、庭先の牡丹が一輪、たいへん見事だった。山吹も、シャガも、黄、白とそれぞれに乱れ咲いて、心ひかれる美しさだったが、牡丹には身も心ものめり込ませるものがあった。たくさん咲く必要はない、美しい牡丹なら一つ咲けばよいのだ、と思わせた。
「牡丹散ってうちかさなりぬ二三片 蕪村」。牡丹だから、ひらりと花びらが打ち重なる。ツバキなら首ごと落ちる。……桜は霏々と降り、サクラ吹雪は庭の雪となる。
だが牡丹は燃え、崩れ、そして地上にゆらりと打ち重なって終わる。妖艶な最期である。
そして一番心にズキリときて沁みたのは次のコラムです
視写するつもりでキーを押していきます
読んでくださればありがたいです
「夕焼け雲」
夕焼けの美しい季節だ。先日、タクシーの中でふと空を見上げると、すばらしい夕焼けだった。丸の内の高層ビルの間に、夕日が沈もうとしていた。車の走るにつれて、見えたり隠れたりするのがくやしい。斜陽に照らされたとき、運転手の顔が一杯ひっかけたように、ほんのり赤く染まった。
美しい夕焼けを見るたびに、ニューヨークを思い出す。イースト川のそばに、墓地があった。ここから川越しに見るマンハッタンの夕焼けは、凄絶といえるほどの美しさだった。摩天楼の向こうに、日が沈む。赤、オレンジ、黄色などに染め上げた夕空を背景にして、摩天楼の群れがみるみる黒ずんでいく。
私を取り囲む墓標がある。それがそのまま、天空に大きな影絵を映し出しているように思えた。ニューヨークは東京と並んで、世界でもっとも醜い大都会だろう。その摩天楼は、毎日のお愛想にいや気がさしている。踊り疲れた踊り手のように、荒れた膚をあらわにしている。だが夕焼けのひとときだけは、ニューヨークにも甘い感傷があった。
もう一つ、夕焼けのことで忘れがたいのは、ドイツの強制収容所生活を体験した心理学者V・フランクルの本『夜と霧』(みすず書房)の一節だ。囚人たちは飢えで死ぬか、ガス室に送られて殺されるという運命を知っていたのだ。だがそうした極限状態の中でも、美しさに感動することを忘れていない。
囚人たちが激しい労働や栄養失調で、収容所の土間に死んだように横たわっている。そのとき、一人の仲間が飛び込んできて、きょうの夕焼けのすばらしさをみんなにつげる。これを聞いた囚人たちはよろよろと立ち上がり、外に出る。向こうには「深く燃え上がる美しい雲」がある。みんなは黙って、ただ空をながめる。息も絶え絶えといった状態にありながら、みんなが感動する。数分の沈黙のあと、だれかが他人に「世界って、どうしてこうきれいなんだろう」と語りかける光景か描かれている。
(50・9・16)



