雨が降るたびに 庭の紫陽花が少しずつ色づきます
少しずつ、です
ダンスパーティー
エッセイです
祖母の香
明治三十九年、祖母は若狭の町に生まれた。小柄な人だった。後年の、細い体付きからは想像できないが、下駄の歯が何本も折れるほどだったという。
結婚前、京都へ奉公に出てきたと聞いている。どのような仕事をしていたのかは知らない。ただ、老いて尚、しゃんと身なりを整えていた。長い髪をきちんと結っていた。そういう姿から、奉公での日々を想像することができた。
とにかく働き者であったことは、周りの誰もが認めていた。小気のところは人に見せず、感情を顕わに出さず、淡々と野良仕事や家事をこなす姿は、今も目に焼き付いている。他人の悪口や愚痴を口にするのを聞いたこともない。
ある日のこと。私が高校生の時と記憶する。土間の薄暗い炊事場の小さな戸棚の奥に、何やら赤い物を見つけた。煤に汚れ湿っぽい炊事場には不釣り合いの赤だった。その正体を知りたくて、どきどきしながら手を延ばした。瓶だ。ラベルにはローマ字で『赤玉ポートワイン』と書かれていた。え? こんなところに何故?
母に訊ねたら、こっそり「あれは、ばあちゃんのや」と教えてくれた。
母屋から少し離れた祖父母の寝床は、炊事場を通っていかなければならなかった。祖母はその時に、そっと一口のワインを楽しんでいたのだろうか。その甘い香りは、日中働き詰めだった体を、心を、癒してくれていたのだろうか。寝間着に変えた祖母に、一瞬今、女の香りがした。昼間と違う、もう一つの顔を見たようだ。
帰省すると、決まって「ほっこりしたやろ」と、急須から注いでくれたお茶の香と、あのワインの香が合わさって、祖母の涼しげな顔が浮かぶ。それは、静けさと情熱を持つ、明治生まれの女性の顔である。
先日帰省した折 小6の孫娘が たくさんの親戚と時間を共にして 「家系図を書きたい」と言いました
書いたなら
ひいばあちゃんの一面として覚えておいてほしいなあと思います
ひつじぐさ
澄みきった朝日の旨し未草
アマンバ
久しぶりの朝の散歩で 近くの公園の池に睡蓮が咲いているのを見ました
未草といわれるのだから 未の刻(午後2時)に開くと思っていました
ところが ネット検索では午前中に開くと書いています
どっち?
どっちでもかまいません
朝日を受けてぽっと開いた睡蓮は可愛いです