『ハイスクール・ララバイ――75歳の片思い』
75歳になった私は、ある日の夕方、古いカセットテープを見つけた。
ラベルには、マジックで大きく、
「青春」
とだけ書いてある。
再生ボタンを押す。
♪――あの頃の軽快なイントロ。
「ハイスクール・ララバイ」だった。
私は思わず笑った。
「そうか……俺にも高校生の頃があったんだな」
鏡を見る。
白髪、少し曲がった背中、そして老眼鏡。
高校時代の面影は、どこにもない。
ところが音楽を聴いているうちに、心だけは16歳に戻っていった。
「あの子、今どうしてるかな……」
初恋の女の子。
廊下ですれ違うだけで胸がドキドキした。
勇気を出して手紙を書いた。
しかし、渡せなかった。
結局、卒業してしまった。
それから60年近く。
私は一度も彼女に会っていない。
その夜、私は近所の居酒屋へ行った。
カウンターで日本酒を一杯。
店のテレビから、偶然あの曲が流れてきた。
私は思わず口ずさんだ。
「ハイスクール……ララバイ……」
隣の若い店員が笑った。
「お客さん、ずいぶん懐かしい歌ですね」
私は胸を張った。
「懐かしいどころか、俺の青春そのものだよ」
そして少し間を置いて、
「……ただし、今でも100%片思いだけどな」
店員が吹き出した。
私も笑った。
75歳。
もう高校生ではない。
でも、人を好きになったときの胸の高鳴りだけは、60年前から少しも古くなっていない。
帰り道、夜空を見上げる。
「もし、あの子にもう一度会えたら……」
少し考えてから、私は笑った。
「いや、やめとこう。75歳でまた振られたら、立ち直るのに10年かかる」
そして私は、若い頃と同じように、
少しだけ胸を張って、
家へ帰った。
――75歳の青春は、まだ終わっていなかった。
