「負けたのは、足の速さか、意地か」
ある日の午後、私は駅へ向かって歩いていた。
すると前方から、カツ、カツ、カツ……と、軽快な音が聞こえてきた。
振り返ると、スーツ姿の女性がハイヒールで歩いている。
「まあ、急いでるんだろうな」
そう思っているうちに、彼女は私をあっさり追い越していった。
私は少しムッとした。
「……俺だって、まだまだ歩けるぞ」
なぜか競争心に火がついた。
私は歩幅を広げた。
カツ、カツ、カツ……。
そして、ついに彼女を追い越した。
「よし!」
心の中で小さくガッツポーズ。
ところが――
数十秒後。
カツ、カツ、カツ……。
また彼女が私を追い越していった。
「えっ?」
私は負けじと速度を上げる。
再び追い越す。
すると彼女も速度を上げる。
また追い越される。
また追い越す。
また追い越される。
いつの間にか、駅へ向かうただの歩道が、二人だけの無言のマラソン大会になっていた。
彼女は一度もこちらを見ない。
私も絶対に彼女を見ない。
ただひたすら、
カツ、カツ、カツ。
ドタ、ドタ、ドタ。
カツ、カツ、カツ。
ドタ、ドタ、ドタ。
しかし、ハイヒールの彼女は強かった。
ついに私は息が上がり、歩幅が小さくなった。
彼女は涼しい顔で、最後の追い越しを決めた。
カツ、カツ、カツ……。
そして、そのまま遠ざかっていく。
私は立ち止まり、彼女の背中を見ながら思った。
「……負けた。」
しばらくして、私は笑ってしまった。
「75歳にもなって、何やってるんだ、俺は。」
その日の教訓。
人生には、追い越してはいけない相手がいる。
特に――
ハイヒールを履いている女性には。
