『ホームの向こう側』
夕暮れの駅は、昔と少しも変わっていなかった。
彼は改札を抜け、ホームのベンチに腰を下ろした。
電車を待つ人々の中に、ふと見覚えのある横顔があった。
――まさか。
若い頃、愛した女性だった。
声をかけようとして、彼はやめた。
あの頃は、好きだという一言さえ、素直に言えなかった。
そして二人は、いつの間にか別々の人生を歩いていた。
彼女もこちらに気づいたようだった。
一瞬、目が合った。
二人とも微笑んだ。
それだけだった。
やがて電車がホームに滑り込んできた。
彼女は乗り込み、窓越しにもう一度こちらを見た。
電車が動き始める。
彼は手を振らなかった。
ただ、遠ざかっていく窓を見ながら思った。
「あの頃、もっと素直だったら……」
しかし、その言葉は誰にも届かなかった。
電車は夕暮れの向こうへ消えていった。
彼は立ち上がった。
そして、今度は振り返らずに改札へ向かった。
胸の中には、悲しさと同時に、なぜか少しだけ温かなものが残っていた。
終わった恋には、終わった後にしか分からない美しさがある。
