心の働きが、自分の思いもよらない“奇蹟”を生んでくれる場合があります。
それは“幸運”と言われて、神や仏が救いの手をさし伸ばしてくれたかのような気がすることがあります。
その自分の心の持ち方次第で「神」とも「悪魔」ともなり、破壊や再生などの働きをします。
また、その性質は、心が言葉になり、行動になったりして人に影響を及ぼし、また自分に返ってくる目に見えない「波」のようなものになります。
つまり、「心」とは、その「波のようなもの」(奇跡、幸運、不運、不幸)の震源地であり、心を震わせれば震わせるほど「波」のうねりは大きくなり、まわりに与える影響も大きくなるんです。
それを「気」とか「オーラ」と言うのですが、人はその目に見えない力を信じず、軽く捉えがちなものです。
それだけに、「心」がなくても、目に見える文章やお世辞などで自分を良く見せようとします。
でも、それでは人の心や自分の心を動かすことはできません。
大切なことは、自らの心を揺さぶることや震わせることなんです。
自分が感動しなければ、人を感動させることはできません。
自分を好きにならなければ、人を好きになることはできません。
自分を信じない人が、人を信じることはできません。
何事も、全て自分自身が始りであり、そして結果なんです。
表層意識の自分が、深層意識の自分に語りかけ、可能性の扉にノックしなければならないのです。
そうなったときに、「奇蹟」というものが目の前に現れると思うんです。
人を幸福にしよう…そんな「心の震え」が「神」となり、結果として自分を幸福にすると思うんです。