「狐の面」

はだけた胸に光るお前の血液が
俺の心に切なさを残す
顔には狐の面をつけて
真夜中の墓で盆踊り


彼女は不眠症の中
暴力が目にちらついている
浮かび上がる見知らぬ顔と
消えていく叫び声に
心臓はひりひり
動脈の鼓動を切り止めて
真夜中のハイウェイに吸い込まれ幻覚幻聴抱きしめる
狐の面が笑う


二十歳になっても童貞
女の花びらがちらつきまくる
しごくは包丁俺の包丁
彼女の愛液が包丁にぬちゃぬちゃ神経がびりびり
快感を口にして溜め息もれる
月の光に照らされて
愛と性欲を抱きしめる
そして狐の面が笑う


コンビニの灯りにしがみつき
血液を撒き散らした夜
頭蓋骨剥き出しの彼女が
狐の面を外す


少女の首にかじりついた俺は
饅頭顔面騎乗位に心臓を破裂させ骨盤剥き出しの少女は
狐の面をつけ消えていく


体はびくびく痙攣が襲い
声は絶叫にかわり
鈴がなるリンリンと
幻覚幻聴が僕を正しくさせる


「少女の下水道」

水辺に浮かぶ少女の衣類
桜の花びらが水面に降り注ぎ
真っ赤な溜め息を吐く母親の
まぶたには呪いの物貰い


あ~移り変わる幾つもの季節に
何度泣いただろう
汚水に浮かぶ少女を見つけた夜
僕は月みて微笑んだ
竹林から見える三日月
真っ赤な罪を抱いて
僕は血の海に眠る


波蠢く晩聞こえる子守歌
全ての時が黒い点に変わる
母の親指 妹の生首が
少女が死んだ湖に


雪が降り出した蒼い夜に
何度泣いただろう
下水道の天使となった少女に
何をプレゼントしよう
帰れぬ少女のすすり泣く声が
闇の中に顔を出し僕の手をとり
死んだ湖へ僕を導く


下水道の天使となった少女に
何をプレゼントしよう
帰れぬ少女のすすり泣く声が
闇の中に顔を出し 僕の手をとり死んだ湖へ僕を導く


「あの娘の思い出」

真っ赤な花咲く岩壁の山に
あの娘は1人で踊っていた
真っ赤なスカーフを首に巻き
薔薇の花を口にくわえ夢を見てる満月の下で服を脱ぎ空を泳ぐ
あの娘は星屑を食べていた
ちぎれた右胸に真っ赤な肺が
寒いよとぷるぷる震えてる


残酷なあの夜を思い出す
可愛い少女の人形に血が飛び散り切断された母の指を口に詰め込まれたあの娘を


寒い夜だった ローソク一本灯して
あの娘は震えながら 朝を待った血で描いた 少女の絵を見つめて泣きながら 僕の服を握りしめ
刺してとうつむき僕に呟いた


まな板真っ赤に染まり
あの娘の絶叫歌を聴いて
僕は裂いた右胸を出刃包丁で
梅の木が風に揺れ
人々が眠る頃
ある村の小さな家では切断のパーティーショー


もう少しであの娘は
もう少しであの娘は
もう少しであの娘は
もう少しであの娘は
餓死
「1990Blues」


1990年11月25日
宮城県の小さな町で僕は生まれた。
世間ではバブル崩壊と叫んでいた。
僕はおとなしく手の掛かる子供ではなかったと聞いた。
幼稚園に入園した頃、僕は映画にはまってしまった。
「エリアン」「プレデター」など幼い僕には、戦闘シーンがカッコ良くてしょうがなかった。
いつ見たかは忘れてしまったが、「八墓村」や「四谷怪談」は僕に恐怖を与えてくれた。
幼かった僕には、怖すぎて見れなかったが、今では大好きな作品である。
素直に「怖い」と言えるから。


小学生になった僕は、外で遊ぶ事を嫌い、教室で絵ばかり描いていた。
当時、「水木しげるの妖怪辞典」にはまっていた僕は、学校でも「牛鬼」や「百目」「べとべとさん」などを描いていた。
小学5年生の時、音楽に出会う。「シャネルズ」や「鈴木雅之」
「ロカビリー」など日本の昭和
の音楽を聴くようになった。
毎日聴く鈴木雅之のバラードに、僕は感動や共感出来る部分を見つけ、将来は必ず歌手になると決めた。


中学に入学した僕は、遊んだ。
学校1荒れてた奴と友達になり、コンビで悪さをした。
僕はリーゼントが基本的スタイルで、先生達からは酷く怒られていた。
だがそんな部分もありながら、剣道部として「副キャプテン」をした事もある。


高校に入学し、歌詞を書くようになった。ノート一枚に文字が刻まれていく。
「尾崎豊」「浜田省吾」「佐野元春」に憧れた僕は、人の闇、絶望、反戦などの歌詞を書いていたがうまく行かず、一時期書くのをやめた。
ある日歌詞を見てくれる方と出会い、メールでやり取りをしながら歌詞の注意点を教えられ編集などを続け、ついに東京かと思い気や甘い世界ではない、ノート3冊分歌詞を書き、いいと言われたのは、1つだけだった。


2009年
短期大学に入学し農業の技術を学ぶ。そして、音楽活動として、バンドのボーカルをやった。
今でも、歌詞を書いているが、漫画家「丸尾末広」「楳図かずお」「犬木加奈子」「伊藤潤二」有名なホラー漫画の世界を覗き、漫画、イラスト、詩を描き始めた。そして2010年の終わりに、「寺山修司」作品に出会い、現在に至る。

特別な賞や成績を納めた訳でもなく、ごく普通の20歳の僕。
だが、ホラー漫画や寺山修司作品に出会い、奇妙な世界を愛し続けて来た、現在の自分は、きっと昔より成長しているんではないかと思う。


ホラー漫画や成人漫画を愛する僕は、ホラーと性的表現、人間の恐怖を表したくて、エログロ作品を漫画や詩で表現しようと考えた。恋愛作品はありきたりになってしまう。だがそのありきたりなさが恋愛作品のいいとこなのかもしれない。


僕のエログロはただ
「気持ち悪い」や「痛い」
「絶叫・快感」を表す訳ではなく、美しさを入れたかった。
どんな形でもいい。
「風景・表情」「言葉・感情」
とにかくいろいろと、入れてみたくなった。

「桜や三日月、川辺に夏草
提灯に少女の横顔
桜吹雪に切り刻まれた少年少女の」

自分の部屋の床に、表現する為に何が必要かと、まず散りばめて、最後はまたかき集めて、詩や漫画に入れていくのだが、床に散りばめ、かき集めた時、床に月の光に照らされ、浮かび上がった人間が四つん這いになった姿が浮かんだ。

「迷い込んだ町並みには道化師達の怪しげなパレードが」



最終的に、僕のエログロに美を入れたとしても、作品は絶望感に溢れた物になるんではないかと思ってしまったが、それがまたいいのだ。
僕の詩は普通の詩とは全く違うがそれが僕の表現の1つなんだ。
僕の奇妙な世界は、美しさと恐怖が混ざり合い、それが読者側にすんなりと入り込み、時に考えさせ時に楽しくさせる。そんな作品達なのです。


「町は物語を構成するステージ」「夢は夢ではなく現在に変える」「夢の欠片から溢れた血液
僕の涙と僕の悲しみと僕の恐怖」


毎日人は生きて、毎日人は死んでいく。人は人生と言う名の物語、書を持っている。
それが世の中に出なくても、1人1人の作品であるのだ。
その作品を作るのは自分で、読み返すのも自分なんだ。
読み返した後にヒントが見つかったり、自分に勇気としてプラスになる想い出などが沢山詰まっている、個人の作品なんだ。


だから
毎日を楽しく生きる。
毎日苦労して生きる。
毎日悩んで生きる。
それが今後の将来皆や僕の書には大切な事なんじゃないかと思う。ここまで読んでくださった方々ありがとうございました。
少しでもたたりをわかってくださってもらえたのなら嬉しいです。今後も沢山詩や漫画、歌詞を書きます。よろしくお願いいたします。
誰もが生まれた理由をしりたがる。夜明けの空に涙1つ落とせば
自分を自分で見つめ、頭を抱え
1日を生きる。それも人生の物語の1つ。
誰もが物語を作る権利はある。
だがそれに人々は気づかないだけなんだ。1990年に生まれた僕は、2011年始めて気がついた。人生という名の書は、1人1人の本、作品なのである。


詩集名
「腐れ人生の快感」


ハートを半分に切り裂けば
ピンクの液体吹き出した
僕等の愛半分になり笑顔


機械は僕を愛してくれた
工場の夢 ロボットを見たのも
この工場だった


口から電線溢れ出す
一筋の光
僕の命


日本は勝ちました
弱かった日本に


血液すする夢の中の僕
満月大好き狼少年


蛇をくわえて明日を見よ
彼女の苦しむ姿が見えるから


三角屋根に僕1人
隣の屋根に君1人


蛙を解体しました
腹の中には
僕が生きていました


苔のように見える嘘
誰か早くとってくれ


母よ
あなたが悪い
僕は月の使者になる


故郷に血液
僕が切った 両親の腹
今頃二人は1つ


悪夢を見せる悪魔
それは僕自身


あみちゃん
世の中は平和だよ
だからおいで


公衆便所に
誰かが描いた
血液の落書き
僕は見たよ


廃墟と廃墟の間には
過去と現実が詰まってる


明日の風は
僕の口の中
だから明日の風は
ないよ


あみちゃん
ごめんなさい
あみちゃんの下衣類
僕の愛で濡らしました


緑の山
白い雪
白い雲
青い空
青い海
地球の芸術品


赤い血
黒い血
赤い心臓
ピンクの脳味噌
人間の芸術品


24時間足


海が僕を読んでいる
私の元へ帰っておいでと


珊瑚礁の涙
涙の理由は人間にある


骨と骨
間を通っているのは
血液という命の川


さらばレジスタンス


不能少年の子守歌
母は涙を流す


蛇に喰われるなら
蛙じゃなく
蛇になりたかった


お父さん
あなたの傷口に蛆虫が湧いてます

昭和の日本
平成の日本
僕は両方の日本を見ています


妹の腸
妹のオメコから
蛇や亀が溢れ出て来た


蝶になりたくて
願った日々よ
私は蜘になってしまった


純
海を超えろ
純
海になれ
純
星空見上げ
純
星となれ


刈られた肉体
飛び出した臓物
舐めた股関節
舐められた肛門
みるみる美しくなっていく
イク快感とイク快感の間に
星が見えます
小鳥が逃げる 自由が逃げる