理科教育も盛んに、 | 「模型探偵団」明石小五郎の昭和のプラモデル

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昭和のプラモデルが好きなタダのジジイです、上から目線で書いてます、日本初のプラモデルメーカー、㈱日本プラスチックなど、真実のプラモデルの歴史を書いてます。

戦前から国策として科学模型工作の教育が盛んであったことはすでに紹介した、

と同時に、理科教育も盛んに行われていた、

当時も理科に関する雑誌も多く出版されていたが、その中の1つを紹介してみよう、

 

 

大正から昭和初期に出版されていた月刊誌の「理化少年」、「日本理科少年」など、

 

 

これは、昭和5年4月号の「面白い理科」、

表紙が理科とは関係ないようなものになっているが、

 

 

剣劇映画撮影の裏、となっている、

 

 

国としても理科教育を奨励していたことがこの陸軍大将の鈴木荘六 さんの挨拶文からもわかる、

 

内容の一部を紹介すると、

 

 

映画の撮影のトリック撮影のこと、

 

 

 

 

軍事もの、

 

 

もちろん、本来の理科ものの記事、

まあ、採り上げている記事は幅広い、

 

 

興味を惹かれるのは広告、

そう、当時どのような模型が発売されていたのか、

 

 

この万年筆型顕微鏡は昭和30年代にも発売されていた、

 

イメージ 5

 

それが、コレ、

 

 

島津製作所は古くから計測機器、実験機器などを発売していた、

 

 

島津製作所の製品で僕が持っているのは、戦前の学校教材用の模型モーター、

それと電圧計、

 

 

 

電圧計は昭和31年3月となっている、どこかの学校で使用されていたもの。