愛してる、なのに憎い。
好きだけど、大嫌い。
あなたもこういう感情を持っていませんか。
こういう感情を【アンビバレンス(両価性)】といいます。
アンビバレンスの感情をいちばん感じやすい相手は誰か?
お腹の不調で悩んでいる患者さんにいちばん多いのは、親です。
こういう感情が抑圧されていることがお腹の不調につながっていることが多い。
怒ることを自分に許していない。
本当の自分の感情を感じることを自分に許していない。こういう抑圧から自分を解放することから回復のすべての道が始まります。
子どもの時、悲しいことがあったとき、親から抱きしめられ、尊重され、共感された人は幸せです。
うれしいことがあったとき、なにかできたとき、親から一緒に喜んでもらえた人の心の中には、健全な自己肯定感が生まれます。
それに対し、親の気持ちに沿ったことしか許されず、悲しみは無視され、喜びを失い、自分らしさを大切にされずに育った子どもはその違和感や怒りをリアルに感じることができなくなります。失感情症です。
自分の感情が言語化できないのですから、他人の気持ちもわからなくなり、対人関係がうまくいかなくなります。
悔しさや怒りのエネルギー、それはとても強いエネルギーです。それを親の気持ち次第で抑え込む。
そのやり場がなくなったエネルギーは腹痛となって表れます。お腹の不調を感じている時は、悔しさや怒りなどの葛藤を感じずに済むからです。
自分の本当の気持ちを抑圧せずに、書いてながめてみましょう。評価したり、善悪を判断せずに、ただ書き出してみるのです。
恐れずに。
江田クリニック
江田証
親の病は子へのメッセージ
「母がどうしても許せないんです」
そうつぶやく K君 ( 23歳) の手首には、リストカットの傷が残っていた。
顔色が悪く病的に痩せ、大きな目がぎょろぎょろと空をさまよっている。
国立大学を卒業した彼は、大手企業に就職したものの、数カ月で表情を失くして痩せ細り、ついには無断欠勤するようになった。会社の産業医から紹介された精神科では「神経性食欲不振症」と診断され治療を受けていたが、内科的な問題を疑われたために、私のクリニックに送られてきたのだった。
精神科医の見立てでは、 親との関係に問題があるとのことだった。 名家に育った彼は幼い頃から優秀で、小学校時代は毎日塾に通い、全国模試での成績もトップクラスだったという。 その陰では、母親からの厳しいしつけを受けており、子供らしい遊びをすることも許されなかった。
常に母親の期待に沿うような生活を強いられていたのだ。
「母は周囲に見せびらかしたいがために、僕をこんな人間にしてしまったんです。それなのに、母が切望していた会社に就職が決まった途端、 胃ガンで逝ってしまうなんて…..」
K君の心の中には、母親に対する愛情と憎悪が同居していた。 そのアンビバレント(両義的)な心理が彼の苦しみの元凶だった。 苦しみから逃れるために、 自身を傷つけていたのだ。
医療の進歩で救命が可能に
腹部の超音波検査を行うと、胃の壁が異常に肥厚しており、スキルス胃ガンが疑われた。 進行が速く、 致命率の高いガンである。 私は彼に、親の死は、親から子供への愛情に満ちた警告のメッセージであることを話した。
「人は受精した瞬間に、先祖から荷物を引き継ぐ。それが遺伝性の病気であり、君の場合は胃ガンだと思う」。
彼が受け継いだ荷物を下ろすためには、過去を認めることが必要だった。
私はK君にこう言った。
「君の母親はそう生きるしかなかった。
そして、 抵抗できなかった幼い君も、そうするしか生きる術がなかったのだ。 それ
を認め、自分を許し、お母さんのことも許してあげてほしい」
そうして胃内視鏡で精密検査をしようとすると、K君は体を硬くした。
以前に胃カメラを挿入した時にひどく嘔吐してしまい、以来、頑なに検査を拒否してきたという。今は経鼻内視鏡というものがあり、鼻からであれば苦痛なく検査ができること
を説明すると、安心して任せてくれた。彼の胃にはやはりスキルス胃ガンが見つかったが、 腹腔鏡手術に熟達した外科医に手術を頼み、胃を全摘して救命し得た。お腹に残ったのは、いくつかの小さな穴だけだ。 医療の進歩が人生の重荷を下ろす手助けとなり、私は医師としての誇りを感じた。
K君は順調に回復し、病院を旅立っていった。「僕に将来子供ができたら、『胃には気をつけろよ』 と伝えます」 と言い残して。
彼は母を許し、メッセージをしっかりと受け取った。
(江田証 = 江田クリニック院長) 日経ビジネス連載「熱血医師の診療日誌」より