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アラ還 ~ 毎日が日曜日

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 猛暑だった夏が終わり読書に最適の秋になった。そこで本棚の整理を思い立った。棚の端にあった西村京太郎著の「殺人者は西に向かう」が目につき、手に取った。10年以上前に読んだ本であり、内容を思い出せなくてページをめくってみた。開いたページには、岡山県に伝わる「温羅伝説」の概要が記されていた。昔話「桃太郎」の粗筋は知っているが、その背景については全くと言っていいほど知らない。そこで、昔話「桃太郎」のルーツについて調べてみることにした。

 昔話「桃太郎」は、全国に伝わっており、古事記に登場する神話上の人物である吉備津彦命(きびつひこのみこと)が桃太郎のモデルといわれ、舞台としては岡山県・香川県・愛知県が特に有名であるが、ここでは岡山県に伝わる「温羅伝説」について述べてみたい。

 4~5世紀の頃、吉備国(岡山県)には鉄の産地があり、百済からの多数の渡来人がおり、その中には優れた製鉄技術を持った者もいたことは、日本最古級の製鉄遺跡が存在することから想像できる。また、大きな前方後円墳のお墓がいくつもあることからは、出雲・九州と共に強い豪族がいて、大和朝廷に反抗していたが、討伐されて大和朝廷に従ったことが想像できる。

 このような吉備国を舞台にした「温羅伝説」がある。総社市にある鬼ノ城(きのじょう)を拠点にこの地域を支配していた温羅という鬼が住んでいた。温羅という鬼は、身長は2mを超え、眼はらんらんと虎や狼のようで、赤いひげを茫々と生やしていた。鬼たちは船や村を襲い、財を奪うなど極めて凶暴であった。鬼の襲撃に苦しむ人々が、大和朝廷に窮状を訴えた。崇徳天皇は、孝霊天皇の子の一人である吉備津彦命を派遣した。
 吉備津彦命は現在の吉備津彦神社の地に本陣を敷いた。戦いは矢合戦で始まったが、なかなか勝負がつかないので、吉備津彦命は同時に2本の矢を放つと、1本が温羅の目にあたり、大量に流れた血が血吸川となり、温羅は雉となって逃げた。吉備津彦命は鷹となって追いかけ、更に鯉となって血吸川に逃げたので、吉備津彦命は鵜となって捕まえ、討った。温羅のさらされた首は、何年も吠え続けたので、犬に食わせたが、吠えることはやまない。そこで、吉備津彦命は首を埋めたが、それでも唸り続けた。
 ある夜、吉備津彦命の夢に、温羅が現れて、妻である阿曽媛に釜の火を炊かせば、この釜で吉凶を占うことで、これまでしてきた悪事を償いたいと言った。そこで、温羅の首が埋められた上に釜殿を設けて祀ると、唸り声が無くなった。

 何かの本で読んだのだが、「桃太郎」についての興味を引き、記憶に残っている解釈がある。
桃太郎は鬼の城に宝を獲りに行ったのだ。宝は鬼の大事なものだ。宝の持ち主である鬼から理由もなくも獲るのはけしからん。桃太郎は盗人といえる悪者である。また、もしその鬼が悪者であって世の中に害を成すのであるならば、桃太郎が懲らしめることはとても良いことだけれども、宝を獲って家に帰り、お爺さんとお婆さんにあげたのであるならば、これは欲のための行為である。
 現代でも「鬼の城に押しかけた桃太郎らの方が、悪者ではないか」と解釈する人もいる。面白い!
 東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発の事故以来、「放射能」「放射線」という言葉は、テレビ・新聞などマスコミを通して一般的になったが、正確に理解しているかと問われると、私は自信がない。この機会に基本的なことをまとめてみた。

 「放射能」は、放射性物質が放射線を出す能力であり、「放射線」は、放射性元素の崩壊に伴って放出される粒子線または電磁波であり、アルファ線・ベータ線・ガンマ線・エックス線・中性子線・宇宙線等をいう。そして、自然界には放射線の発生源はたくさんあるのである。大気・大地・岩石・食物には微量の放射性物質が含まれており、宇宙からも放射線(主に陽子の流れである宇宙線)が降り注いでいるのである。したがって、我々は日常の生活を通して常に放射線が体内に入ってきているのである。

 放射線の特徴は、目に見えない・音がしない・感触が無い・味や匂いが無いことである。だから正体をつかみにくくて、不安や混乱を招くのであるが、自然界にもともと存在する「自然放射線」を可視化させて、放射線の存在を実感する実験がある。用意したドライアイスの中にガラス製の透明容器を入れ込み、高濃度のエタノール液を入れてふたをする。四隅から容器の中を発光ダイオード電球で照らし、摩擦で静電気を起こしたアクリル棒を使ってイオンを除去する。すると、アルファ線が通過した後には線状の霧、ベータ線では波状の霧が現れて、放射線を実感できるのである。

 放射線は、最も重要な性質である物質内を通りぬける透過性を利用して、医療だけでなく様々な分野に活用されている。ちなみに、アルファ線は、紙で止まる。ベータ線は、紙は通り抜けるがアルミニウムなどの薄い金属板で止まる。ガンマ線やエックス線は、紙やアルミニウムの薄い金属板は通り抜けるが鉛や厚い鉄板で止まる。中性子は、鉛や厚い鉄板までは通り抜けるが水やコンクリートで止まる。このことは原子炉内の冷却水は核分裂制御の生命線であるということである。

 福島第1原発事故による報道において、ベクレルとかシーベルトという単位を見聞きしたが、イメージがわきにくいと感じた人は多いと思う。ベクレルは放射能の単位で、1秒間に崩壊する原子の数即ち放射能の強さを表しており、シーベルトは放射線が人間に与える影響の度合いを表しているのである。ちなみに、我々は自然界の放射線を年間2.4ミリシーベルト浴びているのである。

 最も身近な放射線であるエックス線(レントゲン線)は、1895年レントゲンが発見し、未知の線の意味でエックス線と命名され、物質透過能力・電離作用・写真感光作用・化学作用・生理作用などが強く、干渉・回折などの現象を生じるので結晶構造の研究や医療などに応用されていることはよく知れている。放射線をただ怖がるのではなくて、人類の進歩に役立てたいものである。

参考 代表的な放射線:アルファ線…ヘリウムの原子核。ベータ線…電子または陽電子からなる粒子線。ガンマ線…非常に波長が短い電磁波。中性子線…主に原子炉や加速器で、核融合などの原子核反応から作られる中性子。エックス線…原子中の軌道電子のエネルギー状態の変化に伴って放出される電磁波。
 二人の野球選手がいる。
阪神タイガースの金本選手は引退する。タイガースの選手のみならず、他のチームの選手にも大きい影響を与えた、偉大なプロ野球選手である。できうる限り身体能力の向上に努め、素振りを重ねたことは、自他共に認めるところであったが、引退するにあたって「若い時、もっとバットを振ればよかった」といったのには、驚くとともに強く心に響いた。
大阪桐蔭高校の藤波晋太郎投手は、長身からの最速153キロのストレートと鋭いスライダーを武器に甲子園春夏連覇の原動力となったことは記憶に新しい。彼は「自分で設定した課題に向かって努力してきた」と、地道な練習の積み重ねで今の自分があること知っている。金本選手の後を引き継ぎプロ野球を背負う選手になる可能性を秘めていると思っている。

 二人の選手は、いずれも明確な目標を持ち、「やればできる」と信じて、努力を積み重ねて自分らしい人生を歩んでいる。自分らしい人生を歩むためには、自分が持っている能力を発揮することだ。ここでは持っている能力をいかにして発揮するかについて考えてみたい。
 
 人が、自分自身の人生において、未来に向かってどういう希望を持っているかが、その人の持っている能力を発揮するパワーとなるのだ。
 「人間は、自分がなりたい人間にだんだんなっていける」といわれるように、第1に「志」を持つことだ。なりたいという思いが有るかどうかが大切なのだ。心の中に思い続け、信念を持ち続けていると、前進しているかどうか分かりにくいが、どこかで前進しているのだ。

 ところが、私達は何かをしようとするとき、出来ない言い訳を考えてしまうことがよくある。そこで、第2に「プラス思考」を心掛けることだ。例えば、砂漠で遭難をしたとき、持っている水筒に水が半分入っている状況でどう考えるかだ。まだ半分もあると考え希望を失わずに行動できる人、もう半分しかないと思い、状況に絶望する人がいるだろう。つまり人間の物の見方は大きく言えば、自分にとって糧となると思うか、もうだめだと思うかの二通りだ。
 当然、前者の考え方が、プラス思考である。出来ない理由をいくつもあげるのではなくて、どうすれば1つ出来るようになるかを考えるのだ。そうすれば今まで壁だと思っていたものを取り払うことが出来るはずである。

 私は文章を書くのが、不得意・苦手だ。そこで、「やればできる」、「成せばなる」を信じて、ぼけ防止も兼ねて、暇にまかせて、1年前からブログを書くことを始めた。続けてみると意外と面白い。苦手の意識が少しだが減少した気がしている。

 江戸時代の米沢藩9代藩主の上杉鷹山はいっている。
「なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」と。