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アラ還 ~ 毎日が日曜日

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落語界初の人間国宝となった柳家小さん(5代目)の大工調べ、禁酒番屋は、小さんのほのぼのとした人柄が伝わり、第一のお気に入りである。最近入手したCD20枚の中では、三遊亭円楽(5代目)のあわびのし・大山詣り、桂文治の禁酒番屋、桂米丸の狭き門をよく聞いている。   

毎日が日曜日となった今は、時間に余裕ができ,CDを聞く機会も増えた。思えば、落語好きは、小学生の時、ラジオで落語と漫才を毎週聞いていたのが現在につながっているようである。テレビ・ラジオ・CDで、落語を聴いたり観たりするのが好きだが、機会を作って寄席に行くことも楽しみにしている。

そもそも、落語は300年の歴史を持ち、元は「落とし噺」といわれ、落ちのある滑稽なものを指し、辻や座敷で人を集めて噺を聴かせたのが始まりである。職業としての落語家が生まれると、話芸として洗練され、人情噺・怪談噺・芝居噺といったジャンルが生まれた。

噺は、マクラ・本題・落ち(サゲ)の構成である。マクラは本題に入るための導入部分である。落ちは滑稽噺といわれる噺の締め、つまり結論のことである。

落語家は高座と呼ばれる舞台の座布団に着物姿で座り、一人で噺をするのである。小道具は扇子と手ぬぐいのみである。扇子はキセルや箸・筆などに、手ぬぐいは本や財布などに見立てて色々なしぐさを表現する。

落語には、古くから伝わる古典落語と新作落語がある。古典落語のあらすじを二つあげてみる。

一つは、落語ファンでなくても知っている滑稽噺の代表作の一つ「時そば」である。

冬の夜、屋台の二八そば屋に来た客がやたらにそばを褒める。そして勘定をする際になって、代金の十六文を、「ひい、ふう、みい…」と数えながら払い、「八つ」の後に時刻を尋ねる。そば屋が「九つです」と答えると、「十、十一…」と続け、まんまと一文ごまかして去った。この様子を見ていた男が、翌日真似をしようとそば屋を捕まえる。ところがこのそばが非常にまずく、昨夜の男のようにうまく事が運ばない。やっとのことで食べ終えて、さて勘定となったが、……

もう一つは、「長屋の花見」である。長屋の大家が、店子を集める。家賃を溜めているのでその催促ではないかと、恐る恐る出向くと、「世間はうちを貧乏長屋なんていっており、しゃくにさわってしようがない。一つ楽しく花見に出かけて貧乏神を追い払おう」と、店子のみんなを誘った。酒と肴は、大家が用意すると言うが、大家もお金は無いので、酒は番茶を水で薄めたもの、肴の蒲鉾は大根の漬物、卵焼きは沢庵である。上野の山で、酒盛りならぬお茶盛りを始めた店子たちは、「この酒は宇治ですか」、「この卵焼き、音を立てずに食べるのは大変だぜ」などと、盛り上がる。酔っぱらったふりをする者もいる。……店子が、「近々長屋にいいことが有りますよ」というのを聞いた大家が尋ねると、「酒柱(茶柱)が立っています」。

落語の面白さの一つは、耳で聞いて、頭の中にイメージすることであ

る。寄席に行くのもいいが、しゃべり方・絶妙の間の取り方などで、

物語を想像させるのが上手な噺家の落語をラジオやCDで聴くのがい

い。また、落語は庶民の暮らしの中で起こる日常生活をもとに作られ

ているので、落語が作られた時代の人々の暮らしぶり、生き方が想像

できることである。更に、ほのぼのとした人物がたくさん登場し、人

の喜怒哀楽を味わうことができるのである。



昨日の夕食のおかずはサンマであった。例年のこの時期は、スーパーで1匹100円程度で売られているのだが、今年は2倍近い値段が付いている。夏の猛暑のために海水温が上がり、冷たい海水を好むサンマの魚群が南下せず、漁獲高が低いためである。例年の値段で秋の味覚を味わえるようになることを願うのみである。

魚料理は骨が有るから食べるのが面倒、食べるのに時間がかかるために好きな食べ物ではないが、サンマの塩焼きは大好物である。しかし、妻に言わせると、油が飛び散り、煙がキッチンに充満するからサンマの塩焼きは大変だとのこと。

料理は妻に頼りきりであるが、実は小学生の頃に、田んぼの間を流れる川で獲ったウナギを独力でさばき、砂糖を混ぜた醤油を何度も付けながら七輪で焼いて、食べたときの美味しさを覚えている。いつの日にかサンマの塩焼きに挑戦してみたいと思い、サンマの美味しい焼き方を調べてみた。

1 先ず、サンマを水で洗い、小さじ1杯の塩を振りかけて10分間おく

と臭みがなくなる。 

2 サンマの水分をキッチンペーパーでふき取り、塩一つかみを振りかけて、余熱をしたグリルに入れる。

3 熱源は、強、タイマを10分間に設定する。

調理方法は簡単であることが分かったが、魚の匂いがあちこちに付くことの問題は未解決である。

次は、きれいな食べ方についてである。独身であった頃毎日一緒に夕食をとっていた仲間の一人に、とてつもなくきれいに魚を食べる友人がいた。背骨を残すだけでであった。思えば、その友の食べ方を観察して真似をしておればと残念である。私の食べた後には、小さな肉片や皮や小骨がいっぱい残っているのである。この際、きれいな食べ方についても考えてみた。

1 箸でサンマの中心にしっぽまで切れ目を入れ、次に十字になるよう

に縦にも切れ目を入れる。

2 切れ目の所から開き、はらわたを取り出す。

3 切り開いた身から、一口大の塊で食べるのだが、身に付いている小骨は箸でまとめて取る。食べる時、頭を押さえたり、小骨を外したりするのに、手を使うと食べやすい。

4 上の身を食べたら、魚を裏返すことなく、中骨と下身の間に箸を入れて背骨を外す。

5 上の身のときと同じように、切れ目を入れて同様にして食べる。

6 頭、中骨、ひれ、小骨など食べない部分は、皿の1か所に集める。ワタや皮は食べても残してもどちらでもよい。

落語「目黒のさんま」は、ある殿様が、目黒のある農家で初めて食べた、脂の乗り切ったサンマに大感激。その味が忘れられなくて、他所で所望する。殿様に下魚を食べさせるわけにはいかないと、脂分を除いて出した。味が全く異なるので、殿様が産地を尋ねると「日本橋の魚河岸で買ったもの」と答えた家来に「サンマは目黒に限る」と……。

 

悪玉コレステロールを減らし、脳細胞を活性化させる働きが有るドコサヘキサエン酸や、血流を良くし脳溢血や心筋梗塞などの予防に効果が有るエイコサヘンタエン酸を含み、栄養価が高いだけでなく美味しいサンマを、この秋も食したいものだ。



現在、世界では国境を越えて人や情報・物・お金が激しく動くボーダレス化が進んでいる。国内では少子高齢化が急速に進み、3人に1人は60歳以上になっている。私はといえば、畑で鍬をふるえば、忘れた頃に腰が痛くなる。加えて、視力が落ち、物忘れは多くなり、人の名前が覚えられなくなっている。「マイナス」を悲観するのではなく、前向きな人生の後半について考えてみたい。

私の周りにいる高齢者を思い浮かべてみると、毎日、神社の階段を登り降りとスクワットで、足腰を鍛え、テニスを楽しむ70歳代の男性。地域の役員として、人々が暮らしやすいようにと細かいところまで気を配る70歳代の男性。100名山の登頂を目標に全国の山を楽しむ70歳代の男性。

定期的に整形外科に通いながらも、自宅の周りを散歩する80歳代の女性。嫁いだ娘二人のそれぞれの孫の成長を楽しみにし、近所の人との会話を楽しむ80歳代の女性。

どの人も前向きであることに改めて気付いた。

人にはいろいろな生き方がある。こうでなければならないというものはないが、現在のように社会が複雑になり、新しい考え方や価値観が次々に出てくると、何を自分の生き方の中心にすべきかが明確にできにくくなっている。欧米諸国に比べて、日本には「高齢になっても、元気なうちは働きたい」という人が多いという特徴が有るという。生きがいとして働き、社会のどこかに帰属したい意識が強いのであろう。

インドにおける人生についての考え方を「人生を100才までとすると、25才くらいまでは、様々なことを学び、トレーニングを積む期間である。それから50才くらいまでは、結婚して子供をもうけて家族を養う期間である。この期間は社会人、家庭人として多忙な期間である。そして、75才くらいまでは、今一度人生を振り返って自分の生きたいように生きる。できれば自分のために働くのを止めて、無償でも人のためになることをする期間である。75才からは、とことん自分を見つめる。そしていつ来るかもしてない死を前に自然に回帰していく時間である」と紹介している五木寛之著の「人間の覚悟」の中の一説は、興味を引く。

衰えていく体への不安を思うとき、何を楽しみに、どう生きていけばいいのかと立ち止まる時がある。「マイナス」を悲観するのではなく、ほどほどの付き合い方を見つけて、人生の後半を前向きに生きたいものだ。私たちはみんな一人で生きているのではない。自分一人だけということは絶対にない。お互いに助け合って、自分に縁のあるところで人のためになるように行うことが、自分自身を高めていくことにもなるのだ。自分は一人ではないと信じ、自分と誰かのために尽くせる生き方をしたいものだ。前向きの生き方に繋がるものがもう一つある。それは、趣味であると思っている。単なる暇つぶしではなく、とにかく楽しいもの、時間が経つのを忘れてしまうほど打ち込めるもの、そんな趣味を探し出すことだ。その趣味を通じての同志的な繋がりが安心感となり、前向きに明るく生きることに繋がるのだ。