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アラ還 ~ 毎日が日曜日

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寒波が来た9日の朝、庭木のモクレン・ざくろ・かりん・さくら・紅葉の葉が一気に散った。そのままにしておくと、風が隣の家の前にある井出に、落ち葉を運んでしまう。例年は集めた落ち葉は焼却するのだが、今年は腐葉土を作ってみようと思いついた。しかし、腐葉土の作り方は全く知らないし、作った経験もない。とりあえず畑の隅に穴を掘り、落ち葉を入れて、その上に土をかけた。毎日が日曜日の生活になってから、狭い畑ではあるが、野菜作りを楽しんでいる。この秋からは、大根・白菜・キャベツ・人参・ホウレンソウなどを作っているが、自己流のためか野菜の成長は今一つである。毎年、化学肥料は施しているが、土中の養分のバランスが崩れたのか、勢いのある育ちをしているとはいえない。そんなこともあって、この機会に土づくりについて考えてみることにした。

腐葉土とは落ち葉が腐ってできた土だというくらいしか知らなかったが、落ち葉堆肥ともいい、クヌギ・カシ・シイなどの落葉広葉樹の落ち葉や小枝が積み重なり、微生物によって分解されたものである。水はけがよく、水もち・肥もちがよいから土壌改良に効果を発揮するのである。

作り方は、落ち葉・除草した雑草・収穫後の野菜の株やつる・家庭の生ごみなどを穴に入れる。落ち葉が乾燥している時は、手で握りしめたとき水分がにじみ出ないで固まるくらいを目安に水をまく。分解を早めたい時はコメぬかをまぶすとよい。2~3週間後には、穴に入れた葉の上下が入れ替わるように混ぜるとよい。すると、半年くらいで出来上がる。

そもそも堆肥には、原材料によって「繊維堆肥」と「栄養堆肥」に分けることができる。繊維堆肥は、落ち葉・わら・モミガラ・バークなど窒素成分は少ないが繊維質が多いから、土の通気性や排水性の向上をしたいとき使用するとよい。

栄養堆肥は、牛フン・鶏糞・豚プン・生ごみなど窒素成分を多く含むから、野菜の育成を促すのに適している。栄養堆肥には、牛フンを発酵させて稲わらなどを混ぜたもので、土壌改良に効果がある「発酵牛糞」、鶏糞を発酵・乾燥させたもので、石灰・リン酸・カリを多く含む発酵鶏糞、そして腐葉土堆肥などがある。注意すべきことは、雨ざらしにすると窒素やカリ成分が流失してしまうので、施したら直ぐに土をかぶせるか混ぜ合わせることである。

20世紀になって、鉱物などの無機物から抽出した窒素・リン酸・カリを化学合成した肥料や農薬を使用することによって、生産力がアップした。しかし、長年にわたって化学肥料ばかりを使い続けると、土中の有機物が不足し、微生物が減少してしまう。窒素・リン酸・カリと各種の微量要素をバランスよく含んでいる堆肥を施すことによって、土壌改良をすることが美味しい野菜作りに繋がることを知った。

 野菜作りの本を読んで、特定の野菜専用に配合された配合肥料・窒素・リン酸・カリがバランスよく含まれており、野菜作りに最も使用される化成肥料・窒素・リン酸・カリのうち1種だけの単肥肥料などの化学肥料、鶏糞・魚粉・骨粉・油粕などの有機質肥料、どちらにも長所だけでなく短所があることを知った。無農薬にこだわりながら、おいしい野菜作りを目指したい。



先日、街を歩いていて、仕事をしていた時期の同僚と偶然出会った。懐かしさから喫茶店に入り、近況を報告し合った。彼は、「娘さんが、交際が下手なのか嫌なのか、友人は少なく、年頃になっても恋人ができないので心配している」と語った。

「口下手を直したい」、「引っ込み思案で無口なので、友人ができない」と悩んでいる人は多い。この機会に、若者の立場で、「交際」について考えてみたい。

学生時代を思い出してみると、思い浮かぶことが二つある。

一つ目は、人は身近にいる人と親しくなりやすいということである。大学に入学して、最初の行事であったガイダンスにおいて、親しい中では無かったが同じ高校から同じ学科に入学した友人と隣り合って座っていた。ガイダンスの途中でお互いに確認したいことがあって相談している時、斜め後ろに座っていた見知らぬ学生Aが、以前からの顔見知りであるかのように話しかけてきた。そして、その学生も同じ学科であることが分かり、その日から付き合いが始まり、最も親しい友人となった。

入学して最初に友達になるのは席が近い人、同じサークルの人、家が近い人など身近にいる人である。毎日顔を合わせるから話すようになり、お互いに親近感を持つからであろう。

二つ目は、友人Bが我が家に遊びに来たときのことである。そのとき、友人Bから聞いた話を今でも覚えている。コンパなどに参加しても、面白い冗談は言えず、話の輪に入っていきにくいと悩んでいたという。ある時、幼なじみで同じ高校出身のCと出会った。Cは失恋したばかりで、誰かに聞いてもらいたかった時だった。親身に話を聞いたBは、後でCから、「話を聞いてくれる人はなかなかいない、ありがとう」と、感謝された。話を聞いただけで感謝されるなんてと、Bは意外に思った。それまでは、何か話さなければと気が焦り、人の話をろくに聞いていなかったことを思い、それからは、聞き手にまわることにした。すると、友人が少しずつ増えていったという。

人とのコミュニケーションに会話は欠かせないが、お互いに同じくらい話さなければならないというのではない。無理に話題を探したりしないで、相手の話を聴く側に回ればいいのだ。人は誰も、自分の気持ちを理解してほしい、話を聞いて欲しいと願っている。その欲求を満たしてくれる人には、感謝し好感を持つものだ。言いかえれば、嫌われるのは、人の話を聞かない人、自分の話しかしない人、自慢ばかりする人、話の腰を折る人、他人の話を遮って自分の意見を言う人……。だから、口下手な人は無理に話そうとするのを止めて、先ずは聞き手になることだ。会話は、キャッチボールに例えられるように、空返事・不機嫌そうな表情・気持ちのこもらない相槌だと、人は話を止めてしまう。気持ちよく喋らせるように、相槌に変化を付けたり大きく目を見開くなどリアクションも工夫すると、聞き上手になれる。

聞き手に回るだけでは、誰しも満足しない。自分が話をする時は、興味を持っていることを話せばいい。会話を持続させるためにも、長時間話せる好きなものを持っておきたいものだ。



桜宮高校での体罰・柔道界の暴力問題があった1月から楽天が初の日本一になり特定秘密保護法案の衆議院で可決となった11月までいろいろあった2013年が残り少なくなった。お正月が目前である。

子供の頃を思い出してみると、1年のうちで最も待ちどうしかったのが正月である。12月の末になると、子供同士連れ立って、ウラジロを取りに山の奥に入っていった。餅ツキは朝暗いうちから家族全員で行い、ツキたてのお餅は暖かくてやわらかく、格別においしかった。大晦日には、紅白歌合戦を見て、除夜の鐘を聞いて、真夜中に初詣に行った。お雑煮は父親が作った。いくらもらえるか楽しみで待ちかねたお年玉をもらった。……

年々伝統的な習慣が忘れられていくが、日本人として大切に受け続けていきたい行事が、「1年の計は元旦にあり」といわれるように年末・年始には、門松・しめ飾り・除夜の鐘・おとそ・おせち料理・雑煮・お年玉・書き初め・初夢・七草粥・鏡開き……と、たくさんある。しかし、それぞれの行事の由来については、ほんの少ししか知らない。思いついて調べてみた。

年末(28日が良く、29日は苦立てといって良くない)には、玄関前に「門松」を立て、玄関口や神棚には「しめ飾り」をしたのは、神様を迎えるにふさわしい神聖な場所であることを示すためである。松と共に飾ったウラジロは常緑の葉であることから長寿を願い、ダイダイは家が代々栄えるようにという願いが込められているのである。

正月に餅を食べるのは、中国では元旦に硬い餅を食べる習慣にあやかってであり、室町時代から神様に捧げる神聖な食べ物として現在のような「鏡餅」が定着したのである。心臓を模したことから丸い餅となり、昔の鏡は円形であったことから、鏡餅というようになった。大小二つ重ねるのは月と太陽を表している二つの餅が重なって縁起がいいとされた。

元旦に家族全員が挨拶を済ませると、杯を順に回しながら「おとそ」(酒)を飲むのは、邪気を払い、不老長寿になることを願ったのである。大晦日に、漢方薬を井戸の中につるして、元旦に引き上げて酒に浸して作った薬酒の一種「お屠蘇」を、新年に飲む中国のしきたりが、日本に伝わったものである。

元々は季節の変わり目の節句に、年神様に供えるための料理だったが、正月が最も大切な節句ということから正月3ガ日に食べる料理に限定して「おせち料理」いうようになった。おせちは、年神様に供える供物料理であると共に家族の繁栄を願う縁起物の料理であり、日持ちする材料で作る。家族が食べるだけでなく年賀に来るお客様にも出せるようにと重箱に詰めておくのが普通である。一の重には蒲鉾・きんとん・伊達巻など口取り、二の重には焼きもの、三の重には煮物、四の重には酢の物を入れるのが習わしである。おせちの材料であるエビ・黒豆・レンコン・蒲鉾・数の子などにはそれぞれ意味や願い(記述は省略)が込められている

もともとは年神様に供えたお餅を下ろし、年少者に与えたのを「お年玉」といった。今でも、年神様に扮した村人が元旦に各家を回って子供に餅を配って歩く地域がある

おせち料理と共に正月に食べる「雑煮」は、年神様に備えたお餅を神棚から下ろして、野菜などと共に煮込んだものであるが、室町時代には正月ではなくて酒宴に先立って食べる前菜であった。

正月行事には趣のある行事が多いことを知り、後世につなげることの大切さを改めて思った。