振り返れば、私の映画好きは、高校時代に始まった。定期考査が終わった日は、解放感を味わいたいという思いから、必ずと言っていいくらい友人と映画館に行った。そして大学時代は、興味がわく映画が上映されておれば、暇にまかせて友人と映画館に行った。西部劇をよく観た。
先日、封切られた映画「踊る大捜査線ファイナル」と「天地明察」を連続して映画館で観た。そして、映画館の大きいスクリーン、迫力ある音響のもとで観る映画の魅力を再認識すると共に、もう一度観たい映画が、「シェーン」・「明日に向かって撃て」・「007シリーズ」・「ダビンチ・コード」など何本もあることを思った。そこで、真っ先に浮かぶ映画について、その要因を考えてみた。
黒澤明監督による豪快な娯楽時代劇「用心棒」(1961年)によって日本の時代劇は変わったと言われる。時は幕末、所は上州のある宿場町。町は二つのやくざ勢力対立し、抗争を繰り返していた。そこにめっぽう腕のたつダーティ・ヒーローの浪人桑畑三十郎(三船敏郎)が現れ、対立する両者をけしかけて争わせ、共に滅ぼしてしまう。毒を持って毒を制したのである。悪党どもを倒すには、多少は汚い手を使っても仕方がないと割り切り、正義とか大義とか立派なことは言わないのである。「痛めつけられたヒーローが、最後に立ち直り、決闘に勝つ」、この画期的なアイデアは、マカロニウェスタンに受け継がれたのである。
1965年、「用心棒」を西部劇化した「荒野の用心棒」(主演:クリント・イーストウッド、監督:セルジオ・レオーネ)が公開されて、日本中で大ヒットしているのを知った私は、友人と映画館に行った。そして、主題曲「さすらいの口笛」と強烈な個性を発揮するガンファイトに魅せられた。
続いて公開された「夕陽のガンマン」(主演:クリント・イーストウッド、監督:セルジオ・レオーネ)も観た。クリント・イーストウッドとリー・バン・クリーフの圧倒的な存在感と口笛のイントロからなる主題曲にまたもや魅せられ、すっかりマカロニ・ウェスタン(1960年から製作された西部劇は大人気で日本ではこう呼ばれた)の大ファンとなった。マカロニ・ウェスタンの大人気の原動力の一つは、云わずと知れたテーマ・ミュージックである。私は、就職して親元を離れ、一人暮らしとなって最初に購入したのが、「荒野の用心棒」、「夕陽のガンマン」のテーマ・ミュージックを聞くためのステレオであった。
忘れてはならない西部劇に影響を与えたもう一つの映画がある。黒澤明監督による「七人の侍」である。戦国時代、野盗の群れに襲われた、小さい村の農民たちが、なけなしの貴重な米を食べさせるという条件だけで、自分たちのために命を賭けて戦ってくれる腕のたつ侍を用心棒に雇うための侍集めの展開が面白くて記憶に残っている。七人の侍と村人たちの間には溝があるが、一致協力して野盗と戦うのである。雨の中での激闘のシーンが今でも目に焼き付いている。
そして、「七人の侍」の翻訳権を買ったジョン・スタージェスが、西部劇の本場アメリカで作ったのが、西部劇の傑作といわれる「荒野の七人」である。圧倒的な存在感のユル・ブリンナー、無名に近かったスチーブ・マックィーン、チャールズ・ブロンソン、ジェームズ・コバーン、そしてロバート・ボーンなどスターの卵だった頃の演技も、もう一度映画館で観たい要因の一つである。