生と死と生死と 3   人間本来の関係性とは | もしも~し、お寺ですョ

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妙栄寺 公式ブログ

身体が物質になる


ある意味、肉体の死は、
生物として活動した身体が
物質へと戻る時である。


そんな意見は、
不謹慎かも知れませんが
現実的には、そう見える。

という一線

これを超えた瞬間に、、、
人は動かなくなってしまう。


ここには揺るぎない事実が
展開します、、、。
お芝居ではない。
ドッキリでもない。
もう、動かない、、、
本当に、もう、動かない。

眠っているだけなら、、、
起こす事は出来るだろうけど
亡くなられた方は、
その瞬間から、、、

ご遺体

ーーーと呼ばれて、、、
尊厳を以って接する事になる。


私たちは、、、
ご遺体に対して、、、
失礼の無いよう、丁重に、
その最後の儀式への準備へと
進んで行くものです。


ーーーーーーーーーーーー


人は、生まれて来る時、
母の体内から、、、
人の手をかりて、、、
へその緒を切ってもらい、
お湯で身体を清められ、
布に包まれて誕生となる。

亡くなって行く時も
普通の生活者であれば、
家族に看取られて、、、
医師の死亡判断を得て、
身体を清めてもらい、
棺へと納められて、、、
お別れの儀式を行う。

何かしらの形で、、、
人間は、やはり、
人の手を借りて、、、
生き死にを行うものです。


こういう所に
人間の本質がある。
人は、どうしたって、
人のお世話になる!!


・・・ だから、

人間存在の本質は、
お互いに支え合う!

相互扶助という現実こそが
本来の姿であると言える。


ーーーそういう事を、
普通の理念として捉える‼️
まずはそういう所です。


人間の生死においても
人間は相互関係にある‼️


当たり前です!



( ̄∀ ̄)