夏休みがあっという間に終わろうかという1日前、

私は土岐先輩を呼びだした。

そのころは夏季講習でひたすら勉強ばかりしていたので、

自分へのご褒美で、土岐先輩に会おうかなと思った。

なんて自分勝手なんだろうと思うが、いいんです。

あの日のことは、夏歩には言ってない。

公園に呼び出して、土岐先輩は車で来た。

乗ってから横顔をじっとみたら、ちょっと困ったような顔をしたので、要件だけ伝えた。

大事にしていた髪留めを落としたかもしれなくて、と。

土岐先輩は驚き、ちょっとそのへん探してみてくれる、と言った。

はやく言ってくれればよかったのに、とも付け足した。

髪止めは見つかった。

土岐先輩は良かったね、と笑った。

また海に連れて行ってくれるかな、と思ったら、

そのまま家まで送ってくれた。

なんだかがっかりした。

その帰り、車から降りるところを夏歩に見られたのだった。


つづく

帰りは普通の話をして、家まで送ってくれた。

車に乗るとき、いきなりさっきのサングラスを踏んで乗ってしまったので、

いそいで謝った。

なんでサングラスを持っているのか尋ねたら、

「夏だから・・・なんだろうね」

と、まるで自分ではないような言い方をされた。

帰ったら夏歩からものすごい着信が来ていて驚いた。

でもまだ話す気になれない。

メールで家に帰ったことだけ報告した。

翌日、夏歩が家に来た。

高橋のこと・・・と言いにくそうだった。

聞いたよ、大丈夫だよ、と私はほほ笑んだ。

なんだかほんとうに二人が付き合うなら、それも幸せなことのように感じた。

次の日から、私は予備校に通った。

といっても、授業のない時間は他の子が自習室を利用しているにも関わらず、家に帰った。

夏祭りがきて、いまさら親と行くのは恥ずかしいし、

夏歩は高橋と行くだろうし、あぁ、土岐先輩が私を誘ってくれないだろうか・・・と、

うだうだしていたら、あっさり夏祭り当日になってしまった。

結局、家で花火が上がる音や、太鼓がある音を聞く羽目になったが、いいんです。

アイアム 受験生だから。あ、アイアム ア 受験生、か?

しかし小一時間ほどして、抜け出して花火と反対のイトーヨーカドーに走る。

サングラスが、無性にほしくなったのだ。

土岐先輩の持ってるサングラスを思い出し、似たような黒くて大きめのものを探す。

夜なのに、その日私はサングラスをして家に帰った。

あぁ、いとはかなし。



つづく

助手席は落ち着かなかった。

急に夏歩に何も言わないで出てきてしまったことが心配になった。

でも夏歩が悪いんだ。

助手席の前に、黒い大きなサングラスが置いてあったので、そわそわしてそればかりいじってしまった。

「あの、未成年が夜、車の助手席に乗っていても、捕まらないんでしょうか?」

「はは、大丈夫だよ。乗ったことないの?」

「はい・・・。こんなのは、ないです」

「そっかー」

いまいち、土岐先輩が笑ってるのか、怒っているのか、わからない。

助手席なんて、恥ずかしくて運転手の顔なんて見れるもんじゃないな、と思った。

第一、近すぎる。うまく息ができない。

気を取り直して、土岐先輩に事情を話した。

話をしている間も、なんだか分からない華やかな洋楽が車から流れていて、

あんまり感傷的になれず、

「というわけで、戦う前にゲームセットでした」

というようなひどくあっさりした報告をした。

土岐先輩は言葉少なに、そっかーとあいづちを打っていた。

不思議と高橋と夏歩がということはあまり驚いていなかった。

ちょっと拍子抜けだった。

気がつくと海に来ていた。私は今まで、夜の海に来たことがなかった。

ここら辺りはさ、海が汚いから夜来るのがいんだよ、と先輩がやや大きめの声で話すが、

それは夢の中の声のようにぼわーんと聞こえる。

展開が速すぎて、きっと脳味噌がついていっていないのだ。

だが、かろうじて立っていられるのは、半ばどうにでもなれという自暴自棄な自分が、

私の理性の中で足を組んで後ろの方に居座っているからではないだろうか。

普段の私ならとっくに逃げ出している。

歩こうか、と言われて、並んで砂浜を歩いてみた。

先輩の腕のひじが、自分の視界の真ん中に入る。

昼間とは違い、ものすごい風が吹いていて、気持ちがいい。

暗闇すぎて、なにがなんだかわからない。

耳と鼻は正常で、目だけ視覚を全て奪われたような感じだ。

昼間に空中を旋回している空気と、夜のそれとは粒子の大きさが違うのではないだろうかと思ってしまう。水と牛乳ほどに、空気の手触りが違う気がする。夜の粒は大きすぎる。

初めて、夜は鈍いと思った。

昼間の間隔より人が近くにいてもなぜか意識しない。

これじゃキスされても仕方ないわな。

キスってどんなんでしょうか・・・。

砂浜の終わりで、土岐先輩が止まった。

ものすごい風が吹いていたのに、ここまでくると風はやんでいた。

「えんちゃん」

キスなんでしょうか。

いい雰囲気なんでしょうか。

カミサマカミサマ・・・・

「夏歩ちゃん好き?」

「え。あ、ハイ」

思いっきり心臓が鳴る。

「高橋は?」

「あ、えと、好きです」

好きですって言葉にすると土岐先輩に言ってるようで少し恥ずかしい。

「夏歩ちゃんも高橋もどっちも好きな二人が、くっつくというのは、えんちゃんにとって幸せなことなんじゃないかな?」

「はぁ・・・」

それは、今まで考えてもみなかった発想だった。

土岐先輩がどんな表情で話しているのかわからなかったが、

大会が終わって話くれたあの時のように、まじめに話しているような気配がした。


つづく