助手席は落ち着かなかった。
急に夏歩に何も言わないで出てきてしまったことが心配になった。
でも夏歩が悪いんだ。
助手席の前に、黒い大きなサングラスが置いてあったので、そわそわしてそればかりいじってしまった。
「あの、未成年が夜、車の助手席に乗っていても、捕まらないんでしょうか?」
「はは、大丈夫だよ。乗ったことないの?」
「はい・・・。こんなのは、ないです」
「そっかー」
いまいち、土岐先輩が笑ってるのか、怒っているのか、わからない。
助手席なんて、恥ずかしくて運転手の顔なんて見れるもんじゃないな、と思った。
第一、近すぎる。うまく息ができない。
気を取り直して、土岐先輩に事情を話した。
話をしている間も、なんだか分からない華やかな洋楽が車から流れていて、
あんまり感傷的になれず、
「というわけで、戦う前にゲームセットでした」
というようなひどくあっさりした報告をした。
土岐先輩は言葉少なに、そっかーとあいづちを打っていた。
不思議と高橋と夏歩がということはあまり驚いていなかった。
ちょっと拍子抜けだった。
気がつくと海に来ていた。私は今まで、夜の海に来たことがなかった。
ここら辺りはさ、海が汚いから夜来るのがいんだよ、と先輩がやや大きめの声で話すが、
それは夢の中の声のようにぼわーんと聞こえる。
展開が速すぎて、きっと脳味噌がついていっていないのだ。
だが、かろうじて立っていられるのは、半ばどうにでもなれという自暴自棄な自分が、
私の理性の中で足を組んで後ろの方に居座っているからではないだろうか。
普段の私ならとっくに逃げ出している。
歩こうか、と言われて、並んで砂浜を歩いてみた。
先輩の腕のひじが、自分の視界の真ん中に入る。
昼間とは違い、ものすごい風が吹いていて、気持ちがいい。
暗闇すぎて、なにがなんだかわからない。
耳と鼻は正常で、目だけ視覚を全て奪われたような感じだ。
昼間に空中を旋回している空気と、夜のそれとは粒子の大きさが違うのではないだろうかと思ってしまう。水と牛乳ほどに、空気の手触りが違う気がする。夜の粒は大きすぎる。
初めて、夜は鈍いと思った。
昼間の間隔より人が近くにいてもなぜか意識しない。
これじゃキスされても仕方ないわな。
キスってどんなんでしょうか・・・。
砂浜の終わりで、土岐先輩が止まった。
ものすごい風が吹いていたのに、ここまでくると風はやんでいた。
「えんちゃん」
キスなんでしょうか。
いい雰囲気なんでしょうか。
カミサマカミサマ・・・・
「夏歩ちゃん好き?」
「え。あ、ハイ」
思いっきり心臓が鳴る。
「高橋は?」
「あ、えと、好きです」
好きですって言葉にすると土岐先輩に言ってるようで少し恥ずかしい。
「夏歩ちゃんも高橋もどっちも好きな二人が、くっつくというのは、えんちゃんにとって幸せなことなんじゃないかな?」
「はぁ・・・」
それは、今まで考えてもみなかった発想だった。
土岐先輩がどんな表情で話しているのかわからなかったが、
大会が終わって話くれたあの時のように、まじめに話しているような気配がした。
つづく