直美がため息をつきながら部屋に戻ってきた。新しい紅茶を入れくれたところで、

 「やっぱり犬と猫を飼うのって厳しいのかな」とこぼした。

 わたしは熱い紅茶を一口すすって、

 「うーん、外で犬、うちで猫ならまだいけそうだけど・・・。二匹とも成人してそうだからね、ちょっと厳しいかもしれないよね」と、無難な返事をした。

 「そうだよね・・・」

 「そもそも、なんで猫を飼おうかと思ったの?」

そうそう、それを聞きそびれていた。わたしは思い出して直美が説明してくれるのを待った。

 「うん、あの例の大臣がさ、この前自殺したでしょ」

 え、だいじん? 誰だろう、でもいきなりぶっ飛びますなー。

 「それで、大臣が飼ってた猫がこの子でね」

 「うん」

 政治に詳しくないわたしは例の大臣が誰なのか聞くことをやめた。二八歳にもなってそんなことも知らないのかと呆れられるのは、夫だけで十分だ。あとで夫に聞いてみよう。

 「ニュースで取り残された動物たちってやってたでしょ。召使さんがさ、インタビューに答えてて。なんか一緒にいた犬は飼ってあげられるけど、猫は無理ですって言ってて、わたし、猫がかわいそうになったの」

「それで、大臣の家に行ったの?」

 「そうなの」

 直美はちゃとらん、と言いながら、猫の腹をなでている。

 「で、どこまで行ったの?」

 「○○かんやま」

 「え?」

 「○○かんやま」

 何だろう、どうしても前のふた文字が聞き取れない。けどあとの言葉を思うと、代官山なのだろうか。

 そんなことを考えたとき、またしても胸が締め付けられた。今度は背中に電気を通されたような衝撃もある。 



―さいかんやま。だ。

 瞬時に心の声が悟った。直美はさいかんやまと口にしたのだ。

 そう、だいかんやまではなくて、さいかんやま。なんだろうこの衝撃は。思い出さなくてはならない。思い出さなくては・・・。

 夫が電話を終えて部屋に戻ってきた。仕事がうまくいっていないようで、これから会社に行くという。挨拶もそこそこに夫は夕飯はいらないからと出かけてしまった。

 「結子の旦那さん、忙しいんだね。」

うん、と曖昧に答える。完全に自分がうわの空だということが、自分でわかる。

 それで、とわたしはおそるおそる、平静を装って聞く。

 「さいかんやままでは、どうやって行ったの?」

 「え。車しかいけないじゃん」

 「そう、だよね」

 これは地図を出して場所を聞かなければならない。

 なにしろ転勤族の両親のもとで育ったわたしはかなり日本中を行き来したのだ、さいかんやまという地名は、どこか幼い頃住んでいた地名かもしれない。

 それにしても、わたしの態度はおかしいのではないだろうか、という気持ちが先行したので、今日はこれ以上聞くのはやめようと思った。それにさっきから異様な目つきで猫がこっちを睨んでいるのも怖かった。





つづく