サンタナのアルバムのコマーシャルが物凄い。ラジオはサンタナだらけだ。
嫌いなわけじゃなく興味がないのにサンタナを意識している自分がいるのがちょっと。
コマーシャリズム。
サンタナは今年の夏、ハービーハンコック、ウェイン・ショーターと特別ライブを日本やらそこいらでやっていて、行きたかったが忘れてたライブの一つだ。別に誰のファンとかいうわけでもないし、サンタナに関してはまともに聴こうと思った事もないし、今回のアルバムも特別いいわけじゃなかった。
この3人、ハンコックとショーターはマイルスバンド時からよくやっているし、サンタナの幅の広さを考えると別に一緒にステージに立つのは不思議な事じゃない。
かっこいい音になるかというと、この3人でそんなもんできると思えない。個性的ではあるけど、なんていうかダサい事やってきた人達でもある。
ダサいけど、3人とも発明家だ。ショーターとザヴィヌルのウエザーリポートのフュージョンなんかは発明の一つだ。あれはへんな音楽だ。
実際に日本で行われたセッションは多くの観客を魅了したらしいが、自分はまだ聴いていない。
この3人ならそれこそノイズや民族、クラシックみたいな音楽以外ならなんでもやれそうである、エレクトリックだろうがガレージだろうがムーディーだろうが。クラシックもいけそうだな。
様はなんでこんなライブに行きたかったかというと、その時多分、好きな音楽より天才肌の音楽が聴きたかったのだと思う。
ジョビンや大貫妙子、矢野アキコも同じ理由で見に行った事がある。すべて国際フォーラムだ笑。
話は「処女航海」maiden voyage
60年代のモードジャズ代表作。モードジャズってものはマイルスが提唱したものみたい。コード進行から奏者を解放したジャズ。いまではなんら珍しくない。スタンダードとよばれるジャズが嫌いなのもコードにしばられた、まさにロックと同じ事だからだろう。中学生が「ジャズやるべ」とさわいでいればいい。
一昔前からポスト~という言葉を耳にするポストロック、ポストエレクトロニカ、ポストジャズ、ポストノイズ、しまいにはポストプログレッシブだ。~以降という意味を持つ「ポスト」という言葉をプログレッシブに付け足すと「先進的以降の~」みたいな事になる。わけわからん。ポストって言葉は佐々木敦がいいだしたのかな。うまい言葉だけに氾濫すると乱用されやすい。こんだけめちゃくちゃならポストばかりでプリがでてきてもいいのだけれど、その辺の常識を崩さないあたりは業界だ。
プリロック=ロック以前のロック。すごい事だね。
話は「処女航海」maiden voyage pt,2 fromごきげんよう
ブルーノートの名作紹介などには必ず載っているこのアルバムは、マイルスバンド在籍時のハービーのデビューアルバムだ。わりとアグレッシブなイメージのハービー。このアルバムももちろんアグレッシブさもあるんだけれど、なんていうか緻密な音楽。最近のラップトップみたいなjazzだ。曲構成が面倒くさそうな感じがする。いわいるプログレの緻密、精巧とはまた別で、静かに変化している。多くのヒップホップの連中が好きな曲に上げるのもわかる。こちとらの意識にあるjazzのやり方(方法)ではない。なにものでもないわけではなく、確実にはっきりしたやり方がみえる。
のちにハービーはソウルをjazzに取り入れたり、テクノやヒップホップを取り入れたり、ジャズの幅をひろげているんだけれど、実はデビューの時点でジャズの存在を大きく広げている。すごいな、この人と尊敬。ドンドンダサくなっているけど、根がかっこいい事がわかると、ダサい曲も意味を持ってくる。
自分の好きな音楽は音そのものもそうだけれど、つくる人間のカッコよさにもある。




