旅立ち | AKARI 

AKARI 

ずっと前にやっていた小さなカフェの屋号が
Cafe Akari。料理を作ること&食べることが大好き。 

昨日、2月11日。

訃報が。  みなさまご存知のように、ノムさん=野村克也さんが亡くなられたと。(新聞で確認したところ、11日の午前3時半頃と)

母と二人で「まだ84歳。悲しいわね。沙知代さんのところに行かれたのね」と話しました。

 

96歳の母と62歳の私は、いつも通り散歩して買い物して、韓流ドラマを見て(笑) ありがたい半日を過ごしていました。

 

午後、珍しく家の電話が鳴りました。

 

「☆☆☆の次男ですが」と。

すぐに母に代わりました。母の長年の「文章を書く会」のお仲間の方の息子さんからでした。

10日早朝、89歳でご自宅で亡くなられたと。 心臓だったようです。

以前はけっこう親しくしていましたが、最近はどちらもいそがしく、体力もあまりなくなり、ごくたまに電話がくるくらいのお付き合いになっていました。

 

 

 

45年以上、母は札幌のこの文章を書く会で、毎月、書いて→みんなで集まって印刷して(ある時期まではガリ版刷り)→勉強会をして皆で感想を言ったり、質疑応答をしたり、問題点を議論したり、そんな活動を趣味でしておりました。

 

この会は北海道の「えんぴつを握る母の会」にも所属していました。

希望者だけですが北海道各地での活動にも参加していました。

母はそっちの方が楽しかったようで(笑)各地に行っていました。

(札幌の会は月例の集まりですが、北海道全体のは毎月ではないので負担にもならなかったと思います)

 

母は「お父さんの気持ちがわかるようになってきたわ。知り合いや友達がどんどんこっちからいなくなっていくのよね。電話する相手もいなくなるのよね。あまり電話をしない私だけど」と。

 

長い間一緒に趣味の会でやってきたお仲間の訃報、きっといろいろと思うことがあっただろうな、と。

 

あらためて「今を、今日を、この時間を、いただいた命をたいせつにしよう」と強く思いました。

 

写真は本文とは関係ありませんが、昨日、最終日だった札幌雪まつりのステージで心地よい響きを聞かせてくれた青年の写真を。

なんという楽器かしら?