「日本の軍国主義と共に肩を並べて戦った」

/仲秋の月、薄の穂、栗ごはん、縄文人のきっと愉快な

/キッと鳴く百舌の初鳴き庭に来て

/秋蠅の妻の手になる蟻の餌

/水難や雲映り込む印旛沼

/千葉の人種蒔かれないと嘆くかな

/することも無くて家居に閉じこもるわき目もふらず秋の長雨

 

/「同盟国」オヤ異なことを申し陳ぶそは蒋介石中華民国

トランプの「中国は大戦の同盟国」に即呼応

「日本の軍国主義と共に肩を並べて戦った」

「血と火の中で築かれたこのような友情は」

/擦り合わせ効き目なかったトランプに対中言説鼻白むかな

/しつように日本叩きを繰り返す晩餐会の其の席にても

国家と云ふ源泉はなんであらう。言葉や文化があれば民族は生きのびるとして、国家を突き動かすものは、利益、名誉、恐怖心なんだらうか。それらが目に見えない愛国心、ナショナリズムに侵食される。

「中華民国」蒋介石、ルーズベルト、チャーチル、宋美齢(蒋介石奧さん)

 

「カイロ会談」1943,11/22~は日本の降伏と、満洲・台湾・澎湖諸島の中華民国への返還、朝鮮の自由と独立などに言及。カイロ宣言(1943,12/1)の対日方針は、その後連合国の基本方針となり、ポツダム宣言に継承された。蔣は会談で、ルーズベルトの問いに答え、皇室存廃に関しては日本国民自身の決定に委ねるべきだと論じた。

カイロ会談はすでに日本の負けが前提になっていた。

早く“バンザイ”をしていれば人的損耗はまだ低く抑えられた。

蒋介石は中華民国代表。

1949,10/1 中華人民共和国成立宣言。

仮に毛沢東がこの席に並んでいたら、日本の皇室の存続は危ういものになっていたはずだ。

 

「ヤルタ会談」1945,2/4~2/11

ルーズベルト、チャーチル、スターリン。

“ヤルタ密約/ソ連参戦”と終戦後の国際レジーム処理体制。

 

倉石智證