大弛峠から金峰山登る。

それはそれで倖せと云ふべきだらう。けふはけふとてまた金峰山登る。登り口は8/19日に娘と登った瑞牆山荘前登山口からではなく、日本一高い車の走れる峠として有名な大弛峠の登山口からである。相方は63歳、妻の従兄弟になる。週2回ジムに通っているが、これが筋力トレーニングが中心で、なかなか山用には向いていない(笑)。ぼくは瑞牆サイドからも含めて、自分の老人度を測るために再度金峰山に挑戦、と云ふわけである。妻とは30数年ほど前に登頂している。しかし、人間の記憶なんて曖昧なものである。大弛峠からの登山はまったく楽勝なピクニック気分しか記憶に残っていない不思議さ。さて、老人度を試す。のっけから結構きつい登攀が始まった。相方が遅れだしたので、以降、何かあっても困るので相方を先行さす。ペース配分は難しいね。往復で4時間半ほどの行程だが、相方は股関節を患っているとのこと、最後まで持つかどうか少し心配な様子であった。頂上10時40分ころ。下山11時。帰りのコース朝日岳には12時目標とした。

それはそれで倖せと云ふべきであらう。朝日岳には急登を上った頂上におあつらえ向きなベンチがある。行くときに「あゝ、ここだな」と見当はつけておいた。お弁当を出す。さあ、また乾杯だね。見ろよこの素晴らしい景観を。目前に金峰の五丈岩が乳頭のやうに突き出ている。左手から弓状の尾根が、まるで神の手で摘ままれて引っ張り上げられたかのようにカーブを描き、その山の端には次々と真っ白な雲が湧きたって来る。真緑翠、翠巒まさに動かざる。山肌をびっしりとシラビソの林が覆ってゐる。妻がこさえてくれた唐揚げを口に放り込み、朝採りの胡瓜をがりりとする。疲れ切っていた相方もたちまち破顔一笑。ベンチには景色独占、1時間近くもゐただらうか。

「で、まことに失礼ですけれどお幾つでいらっしゃるのでしょうか」ビクトリーロードの端でそろそろ大岩との格闘が始まる境、すれ違いを待っている間3人のパーティーに聞いてみた。そのおばあちゃんは89歳でいらっしゃるとのことだった。おばあちゃんはよくお顔を拝見すると、なるほど年相応に見えもするが、全体に若々しい。ブールは毎日、お散歩も趣味だが、他に特別なトレーニングはしていない。しかし、そもそも89歳でこんなところまで登っておいでになったと云ふこと自体が驚異である。

人はなぜ山に登るのか。林床の山深くで振り返りする。「クマは出ましたか」「いいえ」。境涯に境界はなく、魂とか精神に似たものはどこかで入り混じる。ひとはなぜ身体をこき使うのか。ペダルを踏んで峠を目指し息せき切って来る若者よ。売り上げには少しもならないが、君たちの其の爽快な笑顔が忘れられない。おばあちゃんは無事に五丈岩の鳥居の前に着いたかな。行はよいよい帰りはこはい。下山途中、おばあちゃんの無事な下山を念じずにはいられなかった。

 

倉石智證