網戸から蚊が入って来る
あのものたちはあの形のままに空中に待機する
夜中のうちは空々として知らんぷりをしていて
無限の宇宙を旅して来る
何食わぬ顔しているのが得意なのだ
みるみる溜まって来る血のお腹をぷっくりとさせて
夢見るもののドアを三回叩く
今さら生者の側につくか、死者の側につくか
死のものについてはとっくに何度でも経験済みなので
なにも恐れることは無いだらう
樹液に浸かってゐれば簡単にあちらへ行ける
血の一滴などはお安い御用だ
1915カフカ「変身」発表
ザムザ氏は三回目を待ってゐる
まさか自分が毒虫になってゐるなどと云ふことは知らない
相変わらず自分はハンサムでまだまだ結婚できると思っていた
空想とは無限で
どんどん人に伝染ってゆくものだ
1923Franz_Kafka(1883,7,3~1924,6,3)
どこかユーモラスな孤独感と不安の横溢する、夢の世界を想起させる。
「人間存在の危うさ」。
カフカの主人公たちの一種、堂々巡り。
目の前に見えているかのやうで、なかなかその核心に容易にたどり着けない。
「将来に向かって歩くことは、ぼくにはできません。
将来に向かってつまずくこと、これはできます。
いちばんうまくできるのは、倒れたままでいることです」
…たった一㌅のことの向かうさへ、ぼくには不可能に思へる。
倉石智證