ひょうろくだまの平作さんは
野菜作りがうまくてのう
まるまるふとった白菜に藁しべを鉢巻きに結んで
もってけ~って、ほれもってケーって
香月泰男1956~『シベリアシリーズ』
平作さんは軍隊から帰って来て
おっきなコワイ物語りをいくつもいくつも話して
大抵は人が死んだ話で
シベリアではまるで人が冷凍マグロのやうに
怖ろしい音を立てて夜中に崩れ落ちる
地面に埋められないから丸太のやうに積んであるんだ
そこらにあるものは手当たり次第に燃やして
前は火傷するくらいに熱いんだけれど
背中は霜の夜のように寒い
そんな夜が何日も何日も続いて
ひょうろく玉の平作さんは鉄砲撃ちで
雀でもなんでもバリバリ喰っちまう
曲がった鉄砲玉が厚い板に食い込んでいる
膂力は幾つになってもすごいもので
一緒に風呂に入るといいケツをしているんだ
やっと生きて舞鶴に帰って来た
1966香月泰男『私〈マホルカ〉』
奮い立たせる
笑ふ
白菜の葉っぱに藁しべを結ぶ
畑のずいぶんあっちの方で黄色い塵芥の中
突然平作さんは捧げ銃(つつ)をする
大勢の兵隊さんが幻のやうに蠢いてゐる
畑の向かうの平方の奥で
ひょうろくだまの平作さんは
野菜作りがうまくてのう
まるまるふとった白菜に藁しべを鉢巻きに結んで
もってけ~って、ほれもってケーって
こっちに向かってかけて来る
あぁなつかしくて
あぁこの世がそんなにも懐かしくて
そんな話も亡くなられてからほら
ずいぶん後のことだ
倉石智證