あのじ様は怒りに任せて氷の塊を蹴ってゐる
氷を足蹴にし氷を割って
道の真ん中の方に少しでも蹴り出そうとする
ば様はまっ赤(か)い顔をしてベッドに静かに収まってゐる
ば様の時間と云へばいかにもゆったりで
それは眠ってゐるのか覚めているのか
思い出しているのか忘れているのか
揺蕩うやうでゆりかごの中で
それは分からない
春が来ている
いつのまにか畑に踊り子草が芽吹き
紅色のコメ粒ほどの花穂を盛んに散らしてゐる
いろいろなところに別々な時間が流れ
少しも執着もなく意にも介さず
それなのにあのじ様ときたら
意地に任せて氷を足で割ってゐる
少しでも日陰の軒から道に蹴り出そうと
しかし、あのじ様はいつあそこに現れたんだろう
まるで黒い陽の影かシミのやうに
ぼくの眼の端を掠めて
倉石智證

