/着ぶくれてすこし背中の曲がりしを
朝が来る───
ピンク色に朝は山からくるかしら
いえいえそれは違います
朝は狭い農道を渡って来ます
新聞配達屋さんや牛乳やさんが
きっと欠かさず朝を届けてくれます
おはやうと云へばおはやうと返って来る
間違いもなく朝は妻の台所から始まるやうです
わたくしの新聞は恰好つけるために
持ってゐるやうなものですね
鼻眼鏡に無精ひげ
もう朝はそこいらぢゅうに来ています
倉石智證
「生きる」谷川俊太郎───自分がゐなくなっても構わない。自分と云うものを無くしたい、エゴと云うものを無くしたい。自己表現ではなく他人とのコミュニケーション。「生きる」の中に、〈いまどこかで産声があがるということ/いまどこかで兵士が傷つくということ〉とあります。「いつの時代も戦争は終わらないし、子どもは生まれ続けます。生まれた時はみな同じ赤ん坊なのに、人間はなぜここまで暴力的になって、ほかのものを否定したがるのでしょう。すでにDNAに仕組まれたものなのか。
「生きる」の結び〈あなたの手のぬくみ/いのちということ〉。