秋は清らに冷たい水を汲んで
足元に集く虫をかき分けて少しの原に入れば
晴天がわたしを見晴るかす
両手を平に山間の空気を掬おうとする
熊鈴が遠くに鳴って
やがてこちらに向かって下って来る人がゐるのかもしれない
おかしなものだ
信頼していた人が登って来たのか
ひょっとすると降りて来たのかさへ分からない
ただわたしは無性にひとりで
虫の音に押し包まれて
誰かなにか来るのを待っている
2022,4,18丸山直文「とどうしてそういうことが起きるかと言うと」(日経)
里に色付くころ
また山に入る
橡(とち)の実が転がり落ちて
カメバヒキオコシ、小さな花穂に獣臭が絡みつき
森奥(しんおう)の泉がきらきらと草叢を分け流れ出て
公平であるべきだと誰かの声が
梢を渡って聞こえて来る
好きでこんな形になったんぢゃあないよ
ある晴れた日だ
里に出て柘榴が笑ふ
「今年は熊が多いね」、
と里人が嘯く
倉石智證