をりをりは折節のこと、ば様はデッキチェアに腰を掛けて、背もたれに、胸に大事に折節の備忘録を抱きかかえ、満足さうにくちをもぐもぐ飴玉をしゃぶってゐる。

をりをりは折節のこと、花の一輪は樹下に花披きまるで涼やかな目玉のやうにあちこちを飛び回ってゐる。死を待つ一匹がゐて死を待つ二匹に増えた。おお、彼らはなんと天心に無邪気で緑の芝生に戯れているのか。一匹と一人になってなにか痛みや不安を訴えるわけでもなく、ただ淡々と身を時間に委ねて、安心しきってそして時たまご主人様の顔を覗き見遣る。

生は多くの死を抱え込んでそこに、日だまりに、ちょうど冊子の間から懐かしき古き写真が一葉こぼれ出る。冗談のやうに我らはそこにゐて、“常磐ハワイアンセンター”、なんて、なんて云ふ間違いのやうな若さなのだらう。「3.11」のちょうど東北の“傷み”を訪ねて行ったをりをりの折節のことだ。冗談のやうにお風呂に入って、海端伝いに相馬まで行った。死はいっぱいあちこちに隠されて在って、海嘯に洗われた筒抜けの廃屋もまだ粗草の中に点在した。

ば様はもう洗濯物を畳まない。飴玉を口に抛り込まれても、妻に詰られても、もうなんもでけんやうになった。躰がだんだん縮こまって来た、「このまんま」…て云ふた。「朝起きたら躰がカタマッテしまっていたらどうしませう」。

折節のことをかな壺眼でば様は真顔で云ふ。

 

倉石智證