Il と云って口を噤んだ
それは無数にあるうちの一つだ
冬樹が数限りなく丘を飾ってゐる
陽が僥倖のやうに射して
枝枝が交差して陽に透明に溶けゐる
2022,3,4キール西郊ブチャ
Il ya と云ひかけた
彼はまだ徴兵年齢に達してゐない
Garçonと指を鳴らす
強いアルコールが鼻腔を抜けた
素面しらふぢゃあなにしろ、と云いかけた
Il が無数に並んでいる
それはいつしか死者を弔ふ十字架になり
冷えた撃鉄を少年に教える
厳しい冬になれば
硬い鋪石を奔り抜けてゆく風のやうな音を聞く
鐘が鳴らされ
高い塔屋から落とされる薪の音
いやな感じに襟首をつかまれる
12月になれば死者を弔はなければならない
多くの名前の喪はれたIlたちが瀬戸際
足踏みをして待っていて
なにしろと云ふ
なんにしろこのままぢゃあいやだ
Il ya 新しい年を迎えたいと
Il ya = There is
倉石智證
