昭和六十一年といへば、あの「プラザ合意」の翌年だ

世の中は力強く

ぼくの息子は4歳だ

ぼくの娘は3歳だ

ここん家のじ様はまだ66歳だ

ば様はまだ59歳だ

まだぴんぴんしてゐてたまにぼくらが遊びに来ると

ぼくらではなく孫子に呼びかける

やさしいフルーティボイスで

小姑たちもみんな嫁いで空っぽになった家に

なんで麺打ち板をあつらへたのかな

甲州はほうとう

小麦粉を打って、練って、伸ばす

妻は古いこのボードをやさしく掘り抜き井戸に運んで洗ふ

じ様はもうゐなくなって

ば様はやたらに呆けて

この家ではぼくらは三人だけになって

さみしいもんだからパンでも焼いてみませうかと

古い麺打ち板に小麦粉を打ち付け

掌で掴み

手首で捏ねかへす

ゆっくりと発酵してくれるといいんだけどね

陽がいいからと八つ手の花叢にハエん坊がいっぱいたかってゐる

翅音が眠くなるほどにうるさく

陽がいいもんだからぼくは外表に出て

水を放物線に洗車する

ホースから水がゆるゆる流れ

なぁんでもないことだが

時が経てばみんな齢をとってくたびれるのさ

ほうら、パンが焼けました

 

倉石智證