ザムザ氏の愉快な散歩───

1954八木一夫「ザムザ氏の散歩」

題名のザムザというのは、ある朝目覚めたら虫になっていた数奇な男の名前。

そう、カフカの小説「変身」からとられた名である。

黒いぶち模様と小ぶりなサイズはいかにも虫を思わせるし、

のっそり足を伸ばす姿を「散歩」とした命名はじつに絶妙だ。

 

然るに僭越ながらなんと

傲慢で難解な形象なのだらう

街区をこともなげに闊歩してゆく

細い顎の先を上向けて

言葉が泡立つのを待つ

 

やさしさを拒否して

あらゆる母の胎内から出て来たばかりの

湯気の立つ魁偉を押し殺し

無言であること

無視し

生まれたばかりの言葉をむしゃむしゃと噛み殺し

世間にはき散らした

 

倉石智證