門井さんはもう引っ越したと云ふ

門井さんは門にはゐなくて

それは気のせいだったと云ふんだ

門には何か木が立っていたんだらうか

思ひ出がそこいら辺にふわふわしてゐて

つい門井さんて声を掛ける

門からすーっと入って行って

新聞受けに突き当たる

奥から南無南無南無南無と云った

座敷に擦り付けるやうな声が聞こえてくる

赤い花なら曼珠沙華

いまさら親不孝を悔いたって

新聞受けにどさっと郵便物が届く

はっきりと生きてゐる誰かの足音を聞いたやうな気がした

きっとそのうちに金木犀の香りも門柱の外へ漂って来るだらう

 

倉石智證