かーさんがそんなことをしちゃダメだと云ふから
ぼくは一生懸命それを守ったよ
川の向かうになんか行っちゃあいけないんだ
幾つもの大きい渦や
目に見えないけれど小さな沢山の渦が
岸辺に打ち込まれた木杭の間を激しく流れていたね
陽の光が撥ねて
水中にウナギの貌が愛敬に笑ふ
T君が流された
村に半鐘が音高く鳴らされて
大人たちが土手伝いに走って行く
舟橋辺りは子供たちの格好な遊び場で
水流に流されたり浮かんだり、飛び込んだりしたもんだ
半鐘の音は扇状地の傾なだりの村一杯に鳴らされて
実り始めた稲穂の田んぼの中の一本道を
踵が尻にくっ付くほどに蹴り上げて
おーいおーいと走って行った
河童にへの魂こを抜かれたんだね
水中に潜ってみると
薄く濁った川の底ゐは水の流れが早くて
岩の陰には激しく砂粒が渦を巻いて眼を開けてもゐられない
どざえもんは一週間ほどもして
飯山のずっと下流の西王滝のダムで掬い上げられた
何ソ男子の母のことを思はざる
かうして畑に出て人っ子一人ゐなくて風に吹かれて
夕暮れ陽の光は山の端に落ちて行って
除草機にあらかたの草たちも断ち切られうち萎れ
悪い草ばかりでもあらんにおまへたちの一族の因果に
はた、わたくしもわたくしの事のやうに涙するばかりだ
草草に汗と涙を灌ぎ
わたしのダイナモの羽根車は
ミミズ、ワグドの類も引きちぎり蹴散らす
何ぞははそはの母のことを思はざる
玄牝げんぴんの山奥さんおうに仄昏く湿りを帯びいつも秘密めかして
それは産むものとして
永遠に守るものとして
すべての命の守護者として
天から遣わされたものとして
ははそはの母の守るべき無人の畑に
吶喊とっかんとして押し迫って来る青い青い雑草たちの
来いよ好敵手たちよ
ついに草たちはことごとく青い眸を持って
それらの視線はいっせいにわたしに注がれる
何ゾ思はざる母のことを
かーさんはそんなことはしちゃいけないと
いつも子供たちの前に出て両手を広げ
そんなかーさんを一瞬に殺しちまったやうだ
親不孝なもんだ
畑に出てさみしくなるとかーさんを呼ぶ
風が出て陽が落ちる
そこかしこに
ここはしかし甲州の山並みにやあらむ
わが故郷は信州で、千曲川辺かわべりが大きく蛇行して
夕陽に真っ赤に染まり浮かび上がってくる
母戀ふや母恋しくて
思はずおかあさんとまた呼びかけることも
倉石智證





