花は盛りにこそ見るものかは
ものかは、ほらご覧
ここにあぢさゐの悲哀が在る
枯れきッたる
ほらそこに僕らの本質がある
寂び寂びと寞び
日向がある
九十三になったら分かるサ
たいていのどんな人にも躰を流れる川があって
起きている間でも眠って身体が横になってゐるときでも
川は躰を透き通って流れてゐる
朝が在ったり昼が在ったり日暮れが在ったり
静かなものだ
さてチュウヤの場合は、
乾いた河原の小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
そして蝶は幻影となり飛び立って、
どこかへ消え去った。
すると今まで流れてもいなかった川床に、
水がサラサラと流れているのでありました。
だから呼気をしている限り、一生懸命空をつかむ
ばーさんは刻の壁にしたたかに自分を縫い込んで
(たとへば蝶でなくていいんだ)
古びたタペストリーの
へふへふと風に晒している
倉石智證
