何か行き詰まったり落ち込んだりしたら

畑に出て除草機を掛けに

掛け回しに行くのだ

たとへば故郷の山はとほくに蒼く蒼く佇まひして

なにかそれで見守られていると云ふ気分は安心する

いつものことだがわぐどミミズたちよ

早々に立ち退きなさい

トンボが背を真っ赤にして枯草に止まり

雑草の中からショウリョウバッタが飛び出てゆく

溝浚ひをすればあらためて

ザリガニ君が紅けの前足をわたしに振り上げる

さみしいことはさみしいのだよ

こんたらことしてゐる間にも東京ではいろんなことがあって

聞けばオーソリチーがアヤウクなってゐると云ふ

人々は侃々諤々かんかんがくがく

予算とか管轄とかあげくは公務員であるとか

さんざんあげつらい

そんなことを聞いているうちにぼくは急にさみしくなって

一人ただダイナモを回す

学問なんてほんたうに何が何だかわからないものなんだから

少しは静かに放っておきなさい

目くじら立ててつまみ出すだなんて

ザリガニ君に何べんも

「どのくらッい」と聞いても

「このくらッい」と応えて埒が明かない

迷路遊びは出口が肝心なのに

それを皆で入り口辺りばかりを弄いぢってゐる

“御名御璽”ぎょめいぎょじ───

そんだらこつで戦争に突入していったものだから1949に

もう二度と戦争にお役に立つことなんかはしまいと

オーソリチーはなかんずく独立不羈どくりつふきを政府に誓った

屋敷の末のカボチャ

 

山のあなたに

青い青い空だ

逃げ急ぐザリガニ君をつまんで

「どのくらッい」と聞くと

「このくらッい」と

わぐどミミズは羽根車にちぎれて体液もろとも飛んでいったが

まさか君たちの中に論理や

つまり議論があったりするとは想はないが

わたくしの急なさみしさをおまへさんに伝へやうと

水路におまへを放つ

 

倉石智證

わぐど=「カエル」宮崎県椎葉村の方言

1908,7月13日から一週間。当時の中瀬淳(すなお)村長と村内を巡り、

焼き畑農業や、猪鹿の狩猟習俗などを調査した。

6日間椎葉の民家に宿泊。

翌年、「後狩詞記」(のちかりのことばのき)を著した。

日本最初の“民俗学”の誕生である。

 

学問なんてこのやうに目立たぬものの中から生じ、

静かに育ってゆくものがやがて日本の基底をなし骨格となる。

過去現在未来にわたる日本の歴史、文化、風土なのだ。

学術とはその国々の固有の教養を成し、

それによってお互いの国々は礼を尽くし敬うことができる。

悪しきマキャヴェリズムに染みた菅総理は権力を誤解し、

それによって日本のオーソリチーは戦前、戦争中のやうな危殆に瀕している。

秋、寒し、である。