女郎花たれに化粧けはひを夕泥む
藤蔓の眸は夕暮れを探しぬる
ナポリ通信───
ナポリに雨が降ったら
それは港を濡らすもの
鳩さへ家路を指す
ナポリが晴れるころピッツァが焼けるころ
香ばしい匂いが街路まで漂い出て
恋人たちを誘ふ
ナポリの恋人たちはひと際自由で
女の子が先に歩けば
男の子はそのあとを追いかける
たいていの亭主たちはもうだらしなくて
街角で立ち話したり
もう一杯を始めたりする
空も世間も海も、広大なのだ
ナポリに栖む人がいれば
ナポリ通信をよろしく
どの家にも血色のいいママがゐて
気持ちはおおらかに腕によりをかけて
手料理を振舞ってくれる
その間は亭主の存在もすっかり忘れて
ジャガイモやら玉ネギやらトマトやらを鍋に入れて
箆へらで掻き回しては自慢の秘伝をとろとろになるまで
さうして最後に少し強烈なチーズを融かし込む
おゝ、ベスビオス
湾曲する入江
石畳は時間の迷路へといざない
古代の英雄たちが古色蒼然として手招く
夕刻、入り江に真っ赤に太陽が落ちてゆき
しかし、日は暮れようとして暮れず
間然としておしゃべりは続き
ピッツァが窯に焼ける
尖塔が地の平たいらかを天へと引っ張り上げ
改悛、朗々と海に歌へば
今にベスビオス山は
ナポリを恋人のやうに引き寄せる
倉石智證




