頸はゴットンと落ちる。
すぐに持ち攫われて───
685山田寺の仏頭は転々と数奇な運命をたどる。
蘇我倉山田石川麻呂(蘇我馬子は祖父)入鹿は従兄。
645「乙巳の変」には加担し、右大臣にもなったが、
異母弟の日向が“謀反の疑義あり”と中大兄皇子に密告、
孝徳天皇の軍勢が差し向けられ石川麻呂は自分の寺、山田寺の前で一族ともに自害。
(以下、四方田氏の写真を元に)
時間を引用してゆけば
案外やすやすとローマのボマルツォのやうな庭園に行き着く
雨に濡れて退廃とアンニュイの
塑像達は荒草あらくさに或いは樹木たちに身を隠し
あいにくの雨だれは塑像達にシミと縞模様を残す
ことごとく頸を撥ねられて
沈黙の意思は荘園に静かである
何をかいわんや
やすやすと導き出されそこに
低徊してわたしの魂はしばしば輾転とする
美とはムツカシイものである
このやうに求められ
やすやすと恣意に騙されて
ますます信仰とは別にことごとく目論見の裡に
だからわたしは厭だったんですよ
はなからほら
歩くたびズボンが冷たくびっしょりになる
時間を引用して行けば
まったく何処なと云へ
飛び越へて飛び越へて
そんな庭園に濡れて
突然、心安らぐ
倉石智證
