けふはきみなんかを連れて山に入ろうかと思ふ

君なんかはまったくぼくの分身かも知れず

ぼくなんかのコロボックル

翳になったり透明になったりして

山に登っているのにくすくす笑ったりしてゐる

ずいぶんだなぁ

頂上近くにはお池があって

その水を頂けば長命になるよと

映すものは白いワタスゲのヒゲと白い雲と青い空と

そしておまいさんの笑顔

今更ながら頂上に出れば日当たりに4匹の蛇がゐて

蛇の語り口では眼下の田子倉湖にはもう空から龍が降りて来て

もうきっと悠々と山水と切り立った淵に棲んでいるのだ

多くの謎かけがあって

多くが謎めいてゐて

さうしてこちらを向いて静かに笑ってゐる

なぜそこに在るのか

なぜか、そこに至るのだ

帰りしなに覗いてみたら

まるでポンと音でもしたかのやうに咲いてゐた

まいったなあ

なにしろお山の上のことだもの

葵の君のおまへのことだよ

ネズモチ平からここまで楽しみに来たんだよ

息せき切って

どうだい久しぶりに他所からのまなざしに

きみは楚々としてそんなに恥ずかしがるなんて

白雲にシラネアオイの風素振り

いそいそとひっそりと

誰知られるとも云ふこともなく

覗き見る

見ぃつけた

楽しみは雪残りたる峰近く

笹藪の下そこだけに

シラネアオイの咲き初める

紫の薄紙細工

膝近く宙に浮きたつ

おーい、池塘にワタスゲが映っているよ

とほくとほくには守門岳が青空と雲の下に

けふも鶯があちこちに鳴いて長閑だね

木道をことこと音を鳴らして渡り

それから頂上に至ると

眼下に田子倉湖が

あゝ、ここにも物静かに山の精が咲笑ゑまふてゐる

薄紅色にヒメサユリ

どうして君たちは約束したかのやうに

毎年毎年同じ四季になると

ここにあそこらに咲き初めるんだらうね

そしてぼくらはランチボックスを広げ

空に乾杯をする

まったくきみたちの花の傍らおおいに慰められるわけだ

花が咲くのも鶯が鳴き出だすのもすべて天の運行に任せば

直ちにぼくらは天上極楽

雲は白く潤み、残雪はをちこちに

しばし帰るを忘れる

あゝ、また鶯が鳴いてゐるよ

けふはきみなんかを連れて山に入ろうと思ふ

春ゼミの聲を背に聴きながら木漏れ日の中を下山する

相方はとっととッと行っちまったな

後ろを振り返って黙ってゐたらたちまち山の青色に閉じられてゆく

カリヨンの響きが遠く谷峡たにかいに聞こえる

 

2020,6/21(日)浅草岳、晴れ