「ブリキの太鼓」(カシュバイの野で)

 


おお、カシュバイ人の野で

四枚の無骨なスカートよ

頬張るジャガイモの焼け焦げたまなざしよ

霧深き野よ

つれない長い汽笛よ

長い、雨に濡れた鉄路よ

おおこの途方もない泥濘よ

すべてが邪魔になる

 

オスカル

おお、この邪悪な小人よ

テーブルの下の観察者

永遠と続く日常よ

淫蕩なストッキング

はざまの小店

おもちゃ屋のユダヤ人

石畳の傾斜よ

不吉な街中に鳴らされる鐘の響きよ

軍隊のラッパよ

ちぐはぐな鼓笛

空が割れ

雨がぶちまけられる

 

待ちきれなくて

すべてがせっかちで性急で

脱ぎ棄てられるガーター

国境を越えて迫るナチス

尻を振る

待ちきれなくて

弾けるやうな焦燥感だ

ガラス戸の向こうのオスカル

その叫びの

海から上がる馬の首の

眼や口や鼻からはいずり出る

あれは鰻うなぎ

男根かと見まがう

ワインレッドの淑女は

海辺の切り株の上で

マグダラのマリヤ

だれかれとなく孕んだ

苦い後悔のまま幾度となく嘔吐する

 

長い鉄砲の筒よ

盲目の射程よ

壁伝いに走る兵士よ

郵便局の平和よ

ほんの日常の間違いよ

おお、ナチスのすぐそこに

鉄兜を被れ

窓の陰に寄れ

無差別に無慈悲に弾が飛び込み

いたるところで跳ね返る

たちまち恐怖や、良心や、後悔や、懐かしさに涙する

 

トランプをしよう

この人生の最良の時に

神さへもしらない最高のカードを選ぶために

眠るな

おい、眠るんじゃない

追い出され

ことごとく長い石の塀に後ろ向きに並べられ

両手は白旗のまま

四の五のもなく

すぐに機関銃は火を吹き

ヤンの手の中にあった最良のカードは血にまぎれて飛び散った

 

淫蕩な旅人

カシュバイの荒野に伝わる

霧深き豊かな野に

泥濘に行き悩み

神経質な汽笛の

後悔を激しく揺さぶる

こちらを見よと云ふ

それは神ではなく唆すものの

さらに混乱へと気を失う

断ち切りかたき四枚の無骨なスカートの

その奥の

霧含む懐かしき重さの

いまこそ神に伝えて

わが姦淫の

オスカル

我が愛しい小人よ

太鼓を

ブリキの太鼓を鳴らせ

見えるものがもはや見えない

わたしはドアを後ろ手に閉めて

洗面所で告白する

ああ、この懺悔

「心と、体と、言葉で私は罪を犯しました」

 

1000人が行進すると

すぐに万人が行進した

すべての兵士にすでに顔は無かった

1000人が隠れると

万人がクモの子をちらすやうに国境を越えて

おお、激しく素早く行きかう運命

地下室を激しく叩く者があって

姻族よ

お前に生まれて来たといふ後悔よ

女は部屋の隅で犯され

ナチスのバッジは生憎に喉に刺さった

 

そんな、莫迦な !?

死にゆく自分さへ信じられなく

しぶく弾痕に自分の躰が輾転する

まるでカシュバイの野に掘り出されたジャガイモのやうに

少し恥ずかしさうに背を丸めて転がった

 

おお、淫蕩なオスカル

饒舌な旅人

無慈悲な執行人よ

陰毛に鼻を埋め

地に落とされる棺桶の響き

石をもて

石をもて

おまへのブリキの太鼓は何処だ

旗を立てろ旗を

せめてすべての女の股座に

おお、カシュバイの野よ

古き故郷よ

長き鉄路が霧深き野に続く

ギュンター・グラスよ

土や石の隠す謎よ

呪文のやうに続く言葉よ

不正直よ

おお、何よりも恐怖の

張り裂け落ちる

正気でいられない理性の

サーカス小屋の

はたまた海辺での真昼の祝祭

グダニスク

おお、おまへの美しき名前よ

何度となく過ぎ去るカシュバイの野の

犯され続ける

おお、おまへは一体

どのくらいの血を吸ったら許されるとと云ふのか

 

2次世界大戦のきっかけとなった

ポーランドの郵便局襲撃事件。

1939,9/1日。

欧州大陸は紙きれのやうに燃え上がってゆく。

 

ギュンター・グラス原作の「ブリキの太鼓」は、

日本が右肩上がりの頂点に達した

“Japan as No1”の年、

1979年にカンヌ映画祭のグランプリを受賞。


ナチスもユダヤ人も、

パリサイ人もロマ人も

あらゆる問題はまだ解決していない。

まるで人類の喉に突き刺さった棘のやうに我らを叩き続けている。

歴史が深く罰せられているかのやうな問題である。