急に教室を飛び出し、窓際で号泣するなんてこともあるかも知れない

花の名前を忘れてしまったんだ

手を上げなさいって云はれたんだけれど

一張羅の開襟シャツが窮屈で

上手に腕が上がらない

 

マモンがクリーニングしてくれてアイロンをかけてくれた

幼いぼくにはとくに旅芸人と修道士さんがあこがれだった

結局はパンを盗んだりするんだけれど

夢では開襟シャツから首だけを出して

もう南の方から真っ黒になって騎兵が攻め上がって来る

鐘が打ち鳴らされ

鋭い呼子が街路と云ふ街路を突き抜けてゆく

 

僕はと云へば

たった花の名前を忘れたと云ふばかりのことで教室に立たされて

役立たずとみんなに突き上げられて

先生まで最後に知らん顔で

腕組みをしてゐる

「兵隊さんにでもなるかね」

とどこからか声がして

僕が梅雨空のやうにもう泣き出しさうなのをよいことにして

みんながぼくの周りをぐるぐる廻り始める

久里洋二「汗くさいYシャツから花の香り」

 

僕の躰はすぅーっと攫はれて行って

とうとう僕の躰がもぬけの殻になって

白いさびしい開襟シャツの首の中から

青い青い花が数本立ち上がり

「はい」とか「いいえ」とかもなく

心細げに揺れてゐる

 

倉石智證